『人魚姫』 第二話
パチャパチャと水面で遊びながらルークは考えていた。
一応、ジェイド達には伝えてはいないが、自分は海の王国の王子である。国には出来の良い兄がいるから困ってはいないだろうが、自分はここにいる。心配、してるだろうか。
ふと金色の髪の使用人が頭をよぎった。
彼はきっと心配……してるんだろうなぁ。
彼は少々過保護な面があるから、きっと青筋を立ててイライラしているのだろう。
帰ったら説教かと思うと気分も沈む。
「あー…どうしよ」
しかし本当は嫌で仕方ないはずなのに自然と頬がゆるんだ。
頭の片隅にあった緊張の糸がゆっくりとたるむのを感じる。帰れるんだ、陸の人間に助けられた時は、もうダメかと諦めたが、こうして親切な人に出会えて良かった。
傷のついた鱗も今では綺麗に生え揃い、海に出ても問題ない状態になっている。
研究者をしていると言った男の治療は確かだったから、ルークは安心して身を任せていた。
悩む事はなにもない。
後は帰るだけ。
「よ、大部良くなったって?」
突然声がした。
びくりと振り返ると、部屋の入口の扉に金髪の男が立っていた。見覚えがある。
たしか陸の国マルクトの皇帝であるピオニーだった。彼の顔は屋敷にいた頃に何度か見る機会があったから知っている。敵であり、自分達を捕まようとする悪いやつ……と習ったのだが、実際に話をすると全然違った人物で、むしろ人魚は保護する政策を取ろうとしていた。
新しい外交を開くつもりだ。
若い皇帝は言い放った。
だから、ルークも身をまかせて治療に頼ったのだ。
「陛下。いつからそこに?」
「ふっ俺は時間に捕われない男さ」
たまに意味の分からない事も言うおかしな人物で、ピオニーとジェイドが揃うと漫才を見ている気分になる。
一人でも十分ににぎやかな人物だと知ったのは保護されて、あまり日がたたない頃だった。
ピオニーはルークの座っている水辺に近寄ると、どかっと豪快に腰を下ろした。
そして、わっしわっしとルークの濡れた髪を撫でて目を細める。
「顔色もすっかり良いし、体調も万全なようだな」
「えぇ。ジェイドのお陰です。お世話になりました」
撫でられている頭をぺこりと下げて、ルークは、はにかんだような笑顔をピオニーに向けた。
感謝、していた。
純粋に保護をしてもらって手厚い看護を受けられた事を。
ピオニーは海の国から聞く陸の人物像はそれは酷いもので最初に聞いた時は開いた口がしまらなかった。
先代の皇帝がしでかしてしまった、陸と海の溝。それを一刻も早い和解が必要だと思う。陸も海も片方ずつの世界だけでは、未来は決まっている。手を取り合う未来がないのならば、後は死滅を待つだけだ。
陸は海の、海は陸の物資や素材を必要としている。
それを、今から少しだけ話をややこしくするのかと思うとため息が漏れるが、親友の為だと割りきる。
いらぬお節介だとはピオニー自身良く分かっているのだが。
「なぁ、ルーク」
「なんですか?」
「お前さんに一つだけ頼みたい事があるんだが」
どうだ?
表情だけで尋ねると、ルークは俺が出来る事なら!と頬を緩めた。
「ジェイドの事なんだが」
まるでいたずらっ子のように片目をつぶってみせるピオニーはルークは首を横にかしげつつも、拒否の姿勢はとらなかった。
過去に問題を起こしていた。
自分の知識の為に。
わがままな願いの為に。
陸と海では独自の文化を遂げていたから、論理が陸の国マルクト、実行は海の国キムラスカ。
自然とそういう仕組みになっていた。
だから若かったあの頃、知識欲を満たすためだけに海の国へ行った。
そして、彼らと出会ったのだ。
アッシュとルークという赤毛の皇帝の息子の双子に。
アッシュの方はルークを守ろうと必死で敵意丸出しでこちらに噛み付いてきたのだが、ルークは年の割りに人懐っこく人魚の生態に興味のあったジェイドに対して色々と教えてくれた。
人魚といえども、実際の生活は海の中というよりも酸素で満たされたドームの中が中心だということ。
陸との食事とあまり変わらないが、どちらかというと肉はあまり食べないこと。
生活から文化まで幅広く聞いたところで、幼いルークは一言告げた。
漏らしてしまったと言っても過言ではないが。
「人魚の肉は不老不死、血は延命、鱗は重度の依存性のある麻薬になる」
ルークが言ってしまった瞬間にアッシュが怒ってジェイドに「忘れろ」と告げて、そのままルークを引っ張りながら去ってしまったのだが。
ジェイドには、これ以上の研究対象は無いと胸を躍らせて、人魚の死体を漁る日々をはじめたのだ。
ネクロマンサー・ジェイド。
海の国の人間は、事あるたびに人魚の死体を漁る姿を見ては、そう呼んだ。