『のぢしゃ物語』 第八話


「ふふふ。大丈夫ですか?」

 渾身の力を入れたはずなのに、力は入っていない。
 というのも、限界にまで張り詰めたソレが固く握られていたから。達したと思っていた。自分も、相手も。だけど自分は……。

「っあぁああぁ」

 先から液がヒタヒタと零れるだけで、達していない。苦しい。浮遊感でさえ、嘘のように苦しい。腹から下半身にかけて、絶望的な痛み。
 そして。
 心の痛み。

「苦しそうですねぇ」

 ルークの中に己を挿れたまま、ジェイドはクスクスと笑う。その振動がルークの体にダイレクトの伝わって、余計に苦しい。

「このまま二戦目、いきますか?」

 悪夢の様な事を言ってくる。ジェイドの手はしっかりとルークを握っていて、開放してくれそうにない。何がいけなかったんだろうと、ジェイドを見ると、ヴァンとよく似た、凍てつく目。紅の瞳が冷たかった。
 思わず、体がすくむ。

「おや、元気ですね。それでは遠慮なく」

 ルークの体がすくんだ事で咥えていたジェイドを締め付けたらしい。ジェイドがまだ力を失いきれてない己をズッと動かす。限界になっていたルークがびくりと開放を求めて身じろぎした。

「うぅう……ジェ、ド」
「どうしました?」

 しがみつくようにして、懇願する。
 しかし、それも嘲笑うかのようにジェイドはゆっくりとさすり始めた。ルークの耳も甘く噛んで、舐める。

「くるっしぃ」

 まともに呼吸が出来なくて仰ぐようにして息を吸う。のどの奥がひゅうひゅうと鳴った。
 それでも、男は止まらない。敏感になっているルークの肌を再び蹂躪し始める。
 失敗を流せるだろうか。ヴァンとの約束の失敗。見捨てられる。ジェイドも今の締め付けは不自然に感じないだろうか?
 自分が出来たであろう、ジェイドを殺すという機会を逃した。きっともうチャンスは無いだろう。やはり、あのナイフで……。

「では、切り落としましょうか?それほどにまで苦しいのなら」

 ぎちっと限界にまで開かれた蕾が、指でなぞられた。
 どこを、とは言わない。
 何で、とも言わない。
 その指はやんわりとルークの性器をなで上げる。

「っジェイド?」
「先程、不審な物を発見したので丁度良いかと思いますよ」

 耳元で「あなたの衣装の中からね」と囁かれた。そういえば、彼は遅れて浴室に入って来たけど。どうして。

「何故知っているかなんて、聴かないで下さいね」

 にっこりと微笑まれた。

「ガイが色々話してくれましたので」
「ガイが……」
「ヴァンの計画も少しは想像出来るというものです」

 まして、男慣れした身体。
 筋肉があっていても、軍人相手に正面からの愚考は少ない。だから寝起きか、コレの最中だろう。
 ふふんと鼻を鳴らして笑う男をルークは唖然として見つめた。
 ばれた。ばれた。ばれたばれたばれたばれた。
 もう。

「さて、ルーク。お仕置きしますか?それとも白状しますか?」

 ニッコリと笑うジェイドの目は決して温度を灯していなかった。





 結局、ルークは一言も言わなかった。で、結果として抱き潰してしまった。
 風呂場での長事情には向いていなかったらしく、何度か達した後に逆上せて気を失ったのだ。
 よくもあれだけヴァンを庇えると思う。矢張り、自分はヴァンの代用品でしかなかったのだろうか。
 塔から連れ出す話を持ちかけた時のルークの嬉しそうな顔が思い出された。これで全てが円満に終わると思っていたのに。

「まったく。仕方の無い子ですね」

 それでも嫌えないのは、年の為か。情が移っているからだろうか。
 手放せない。手放してなるものか。
 あの子がどんなに罪に苛まれようと、その手を離すものか。自分の独占欲に少々驚きを隠せないが、これも執着心。どうあがいても変えられない。

「いっその事、隠してしまえばいいんですけどね」

 気を失っているルークの髪を優しくすくとルークがピクンと動くが目を覚ます予兆もない。撫でられるままに、ジェイドを受け入れる。愛おしい、子ども。
 ルークを寝かせているベッドから立ち上がると、ジェイドはルークの服の中からヴァンがルークに預けたと思われるナイフを取り出した。
 綺麗な装飾の施されたナイフ。そのナイフには。
 光に反射して緑色に光る油。
 ヴァンの本当の目的とは……。

「私の首ではないようですね」

 ふむ、とアゴに手を当てて思案する。
 ナイフの刃に油が塗ってあるのではない。その柄に、満遍なく塗られている。そう、昼間では分かりにくい。月明かりでも見えない。ランプの明かりに照らされて初めて分かるようなシロモノ。
 これを長時間、力を込めて握りでもしたら。まして緊張して手に汗でもかいたら。
 穏やかではない。狙いは何だったのだろう。
 その手で触ったものを口にでも入れれば危険だ。一番に風呂に入れて良かったと思った。棚から洗ったばかりの綺麗なハンカチを出すと、ナイフを丁寧にしまって手を洗う。
 そして服を着替えるとルークの服ともどもを持って外へ出た。
 譜術で火をつけて、燃やす。

「やれやれ」

 大げさかもしれない。でも危険だ。
 今のところ自分も何ともないが、何が起こるかわからない。

「軍服が一着、無駄になりましたねぇ」

 肩をすくめて、溜息を付いた。命と比べると軽いが。

「日が昇ったら、登城ですね」

 私服で良いんでしたっけか? と笑う。笑う。目は笑っていない。
 ルークを守るために、笑える。
 ジェイドの瞳に灯されない温度の代わりに足元の服を燃やしている炎が真っ赤に熱を発していた。




「さて。舞台は整いましたよ」

 ジェイドの赤い目。
 それを見つめる、灰色の目。

「流石だな、ネクロマンサー」
「お褒めにあずかり、光栄です」
「ぬけぬけと……」

 ナイフを握って、立ちすくむ赤毛の子をみると、震えていた。
 まだ生きていたのかと思う。自分は何が欲しかったのだろう。
 あの馬鹿な子が欲しかったのか。それともアレの同じ顔をした子が欲しかったのか。
 誰が。
 憎みすぎて、何を見失った?

「せ、師匠……」

 ナイフを持つ手が離れないように固定されているのも見える。皮膚からも毒は浸透するから時間の問題であろう。必ず、あの子は死ぬ。
 そう思うと晴れ晴れした。
 自分をまどわす子など消えれば良い。

「愚かだな。失敗したのだろう。もう誰も、お前を拾ってはくれないな」

 ニタリと笑って、赤毛に言ってやると肩が震えたのが分かった。まだ信頼している。あれだけ裏切ったのに。あれだけ、捨てたのに。穢したのに。

「話相手はルークではありません。私です」

 赤い目が腕から槍を取り出し、足元から譜陣が現れる。
 呪文の圧縮。
 風が耳のすぐ横を通り過ぎた。

「威圧だけで勝てる私ではないぞ?」
「良くも悪くもルークの育て親であるあなたを殺すつもりはありません」

 眼鏡が光って、表情が読み取れない。

「それに、ルークにかけた呪文も解いていただかないと」
「呪文?そんなもの施したつもりは……」
「あなたという鎖から解き放たないと、ルークは私を見つめてくれませんから」

 だから、潰しますよ。
 その槍を振り上げた。



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