『のぢしゃ物語』 第一話
「綺麗な夢だったんだ」
朝食が終わって、二人で宿屋の部屋に戻ってきた時だ。
突然ルークが話し出した。
いつも通り寝坊した彼だがジェイドの努力によって何とか朝食には間に合って急いで支度して行ったから、きっと夢の内容さえ思い出す暇もなかったのだろう。
部屋の扉をパタンと閉じてから思い出したように言う。
「そういえば、昨日は珍しく熟睡していましたからね」
食事に行っている間に綺麗にベッドメイクされたベッドの上に腰かけると、その横にちょこんとルークも座る。
「ただな。ちょっとおかしな夢でさ。俺が主人公なんだ」
「ほう?」
「で、まー最後にはジェイドが出てくるんだけど」
「私があなたをさらってしまう夢ですか?」
茶化すつもりで言ったが、ルークは素直に「うん」と頷いた。
「ジェイドに身も心もさらわれる話」
そう言って、ことんとジェイドの肩に頭を乗せる。
すりっと寄ってジェイドの手に自分の手を重ねた。
「それは光栄ですね」
擦り寄ってきた頭にジェイドは唇を当てた。
「話していいか?」
「……どうぞ。どんな素敵な夢だったのかお聞かせ下さい」
窓の外から差し込む光が温かくて、温度が気持ちよかった。
マルクトの最後の防衛線であるテオルの森。
うっそうと覆い茂る暗き森にたたずむ古びた塔。そこに住むのは赤毛の子どもだった。
迷い込んだ旅人は女性まがいの美貌を持つ子どもとの甘い一夜に夢を見て、そのまま行方不明になっていた。
その噂が帝都グランコクマに届くのは、案外早いもので調査に向った軍人もまた一人、また一人と姿を消していく。
時の皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト9世は、懐刀ジェイド・カーティスに勅命を出す。
これ以上犠牲者を増やさないように原因を調査するようにと。
そこでジェイドは塔に住まう子どもに出会う。
調査のためと通った塔。そこで不思議な子どもにだんだんと惹かれていくのが分かりつつあった時、現状は動く。
塔は旅人や軍人を消していた。それは子どもの身体を使って、惑わし、夢うつつのまま、消すという手口。子どもは何も知らなかった。ただ、子どもは使われていただけだった。マルクト領地がホド島、その領主に仕えるフェンデ家の長男ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデが主犯だった。ただ、その証拠はジェイドの脳裏に刻まれたまま、確たる物証がつかめぬままにヴァンは姿を消す。
子どもを残して。
無垢にヴァンを信じている子どもはルークと名乗った。
奇しくも、その顔はキムラスカの王族と同じもの。瓜二つのその顔に悪い予感を覚えたジェイドはルークを塔から連れ出した。
「噂には聞いていたんだが、これがルーク『姫』ねぇ」
まじまじとルークを見る皇帝をジェイドは睨む。いきなりの態度に驚いたルークがジェイドの後ろに隠れてしまったからだ。
「陛下。姫ではありません。ルークは男ですよ」
「いいじゃねーか。ほら、もっと顔見せろって」
「陛下っ」
デレデレとした表情を隠さないで逃げるルークを追いかけるピオニーをフリングスの冷たい声が止める。
その冷えた声を聴いた瞬間にピオニーは、玉座に戻る。
「まさに鶴の一声ですねぇ」
「うるせー」
大きい声では言えないがピオニーとフリングスは恋仲である。ただその身分の違いと性別の為に認知はされていないが軍部に属しているものは暗黙の了解として広まっている。
「ルークも。あまり隠れていては陛下に失礼になります」
ジェイドはぐいっと背中に隠れていたルークを引っ張り出した。
よたっとしたルークを自分の前に立たせて、ピオニーの意志を問う。
「実際連れてきましたけど、どうしますか?このまま監禁してきましょうか?」
事情も分からないままに連れてこられたルークだが、監禁という言葉にビクリとする。
「監禁とは穏やかじゃないな。また悪用されないように保護すると言ってくれ」
「私には同じようにしか聞こえませんけどね」
ルークが心配そうにジェイドを見上げると、ジェイドはにこっと笑ってルークの頭を撫でた。
その長い赤い髪を手ですく。
途端に周りに控えていた兵にどよめきと、フリングスの硬直と、ピオニーの驚いた顔が、ジェイドとルークをつつんだ。
「ちょ、お前……」
そのショックに一番に立ち直ったのはピオニーだった。
「そーゆー事だったのか?」
「は?」
自分の無意識の行動だったからか、分かっていないジェイドはピオニーに向って冷たい視線を向けるだけだった。
「ジェイド大佐にも、この日が来た事、とても嬉しく思いますよ」
フリングスはフリングスで祝福の言葉を述べる。
その瞬間にジェイドは、目を見開いた。今までルークと会う時は二人きりだったから気にしていなかったが、ここは謁見の間であって周りには人がいる。うっかりしていた。
ふーと溜息をついて、眼鏡を直す。そしてルークをぐいっと離した。
「さぁて、なんの事ですかね。私は軍部で仕事をしてきます。後の事は直接ルークから聞いてください」
「ちょ、ジェイド!」
急に一人にされそうな雰囲気にルークが焦ったようにジェイドにすがりつく。
「ルーク。大丈夫です。陛下と少しお話して下さい。悪いようにはしませんから」
優しく笑うと、またルークの頭を撫でる。
再び兵士にどよめきが広がると、ジェイドは咳払いをして「では失礼します」と言って謁見の間から出て行ってしまう。
バタンと扉が閉じた瞬間、ピオニーが大きく噴出して、フリングスも肩を震わせていた。他の兵士達も、表情には出さないようにしているがその頬は緩んでいる。
「あ、あの?」
なんと言えばいいのか分からないルークが恐る恐るピオニーに声をかけると、涙まで流していたピオニーが腹に手を当てたままに答えた。
「悪い悪い。あんなに取り乱したジェイドを見るのが久し振りでな」
「そう……ですか」
「さて。アレもいなくなった事だし、色々聞かせてもらおうか。ルーク『殿』」
「俺は、何も知りません」
雰囲気がガラリと変わり、途端に威圧感を感じたルークは、その唇を横一文字に締める。
先ほどまでの気さくな笑みとは違い、何か裏のあるピオニーの笑みに背筋が凍る思いがする。
ピオニーの横で優しい笑みを浮かべたままのフリングスがにこっとする。
「大丈夫ですよ。知っている範囲だけでいいんですから」
その笑みさえ、ルークがジェイドに抱いている安心感を喚起させる事もない。