『親離れ、子離れ 後編』
どうしてあんな事になってしまったのか。
頭に血が上っていたとはいえ、何か言いたそうにしていたルーク。いつも肝心な事を上手く伝えられないルーク。それを自分は良く分かっていたはずだった。伊達にアッシュの頃からお世話係をしていない。
だからこその後悔。ジェイドの言い方や内容に憤りを感じて感情のままに飛び出してきてしまったが、やはりあの場に残って詳しく聞いたほうが良かった。というか、どうにでも取れるあの言葉を勝手に意識したのは自分が特別な感情を抱いていたわけで。
それもルークに。
だから彼の含み方でそういう方向に解釈してしまったし、彼もそういう風に仕向けたようにしか感じない。手の平で遊ばれていたのだろうか。しかもわざわざ一日無駄にして。
ガイは部屋のベッドに座ったまま、拳をベッドにたたきつけた。イライラする。自分にもルークにもジェイドにも。
「あの、ガイ。いる?」
コンコンという控えめなノックの音と共に先ほど様子を見に行った子の声が聞こえた。
なんだかここで返事をしたら悔しくて黙っている。扉をにらんで入ってきたらそのまま追い返せるように、頭の中で言葉を選んでおく。
「ガイ、いないのか?」
返事の無いので、不安そうに声を震わせている。
いないから。早く立ち去ってくれ。このままイライラしていたら何を言うか分からない。それくらい感情が高まっている。
「あのな、もし部屋の中にいたら聞いて欲しいんだ」
こつんと、恐らく頭を扉に当てたのだろう。軽い音がしてたっぷり一呼吸してからルークが喋りだした。ガイはそのまま動かないで耳を塞がないで扉をにらんでいた。
「ジェイドとは本当になんでもないから」
静かな声で言った。
「昨日は本当にいっつもガイの傍にべったりだったから、休ませてあげようと思って、部屋を別にしてもらったんだ。ジェイドにお願いして。それでな、少しジェイドと話をしたんだ。いっつも俺ガイに迷惑かけっぱなしだし何かお礼出来ないかなぁと思って」
こんな事言うの事態反則なんだけどな。そう言ってルークは続ける。意地を張っている自分がおかしい様な気もしてくる。ルークがとても必死になって話しているのが分かっているから。
「でも結局いい案が浮かばなくてさー。で、いつも通り眠れなくて。いつもさ、ホラ。ガイがぎゅっとしてくれたじゃん。すげー怖くなってたから昨日も結局ガイの所行こうとしたらさ、ジェイドが折角ゆっくりガイが休んでるのに入ったら意味が無いって言って。代わりになってくれるって言って。その代わり今日一日はジェイドの目の前でガイと喋っちゃいけないって言われて。えとーそれでな」
そっとルークに気付かれないように立ち上がって扉に近づいた。音を立てないようにルークと同じ場所にこつんと頭をくっつけた。今、必死になっているのは自分の為なのに、体裁とかルークへの思いとか色々重なり合って、正面きって話が出来ない自分が大人気ない。
「で、さっきのも。なんだかんだ言ってジェイドも疲れていたみたいだから、寝ろよって言ったら、添い寝して欲しいって言われて……よくわかんなかったら、昨日の夜のお礼だって言って一緒に寝てたらガイが入ってきて。俺、その、上手く説明できなくて」
ルークの声が止まった。それから鼻をぐすりと啜る音。泣いているらしい。
「ごめん、本当にごめん。俺、こんなつもりじゃなかった。でも結局俺の行動のせいでガイに不快な思いさせて、俺どう謝ったらいいのか分からないんだ。でも」
「本当なのか?」
とうとうルークに根負けしたかのように声が出てしまった。
とても近い所から声が聞こえたのに驚いたのかルークがびくりとしたのが扉の振動で伝わってくる。
「え?」
「旦那と何もなかったって話。本当か?」
「あ、あぁ」
ルークのその言葉を聞いて深いため息が漏れる。安心したような、勝負は今夜のような。
「ガイ、あの」
「俺は本当に心配したんだぞ」
「うん」
「っていうか旦那がとうとうお前に手を出したんじゃないかって思ったんだぞ」
「うん」
「お前の煮え切らない態度とか、隠し事してるかと思ったんだぞ」
「うん」
「ルーク」
「うん」
ルークの返事から少し間を明けて、扉を明けた。予想したようにルークが一歩下がって待っていた。目からは涙がぽろぽろ零れていて、情けないように口がへの字になっていた。
「ルーク」
「うん」
呼ぶと、ルークは自分からガイの胸に飛び込んできた。
しゃっくりを上げて泣く子に、愛おしさを感じながら背中に手を回して抱き締めた。
それを見守っていた男。がいた。じっとルークが失敗しないように、失敗したときのフォローをしようとずっとルークを見ていた。しかし自分の出番がないと思うとガイとは違ったため息が漏れた。この分だと中々認めてもらうのは厳しいかもしれない。
「やれやれ。保護者がしっかりしていると、こちらとしては骨が折れそうですねぇ」
ルークに甘い自分が悔しい。本当だったら寂しがるルークを自分のものにしてしまおうかと色々考えていた。と、いうか。遊びから入る関係だってあるとまで考えていたのだが、泣くルークに助け舟を出してしまった。これで自分の想いが叶うまで一歩が遠ざかった予感。こちらを笑うピオニーがどこかにいそうだった。
というか正直、ここまで自分がはまるとは思っていなかった。あの健気な姿が。馬鹿で正直な姿が。全てが愛しい。
朝の事だってルークにはああ言ってガイとは話さないように仕向けたが自分としてはガイに対する宣戦布告のつもりだった。ガイもうっすらと感じ取ったようだし、先程の部屋の一件でもルークに対する気持ちに気付いただろう。普段あれだけ好き嫌いに関しては露骨に表現しているつもりである。さっきの行動からいって確実にガイには伝わっている。ルークは気付かなかったようだが。
たださえでもルークに気持ちが伝わるのが困難なのに、その後ろに控えている保護者がここまでルークを大切にしているというかべったりしてるとは思わなかった。だからこそ難しい。けれども。
「まぁ最後に笑うのは私でしょうね。ルーク」
ガイの胸に飛び込んで安心の涙を流しているルークに対して笑顔を仕向けると、ジェイドの頭の中では次の作戦が始まる。
ガイはルークを胸に抱きつつ、不安、嫉妬、安堵の次にやってきた不吉さに寒気を覚えるのだった。