『親離れ、子離れ 番外編』
「ルーク♪」
「ん?なんだ。ジェイド?」
「この間の約束覚えてますか?」
アルビオールでガイと二人で話していたルークの元にジェイドがにこにこご機嫌そうにやって来た。約束って何かあったかなと思って考えてみると、あぁ確かにジェイドと約束していた。
ガイと仲違いをしてしまった時に勇気の出るおまじないと称して、励ましてくれた。その見返り。
「覚えてるよ。今日がいいのか?」
「えぇ。丁度今日からまた街に降りて休息と補給をしますので」
勝手に目の前で話が進んで何が何だか分からないガイはジェイドを鋭くにらみつつ、ルークに聞いた。
「ルーク、約束ってなんだ?」
「え、あぁ。んとー」
ガイに聞かれて言いにくそうに頭をぼりぼりかくルークにジェイドが視線だけ送ってあとは知らん振りをしてしまう。
今更かもしれないけれど、こういう時のジェイドはずるい。言いにくいことはこちらに言わせてしまうのが。
「ルーク」
ガイがじれったそうに言う。
「んと、今日もガイはゆっくり休めよ。俺はジェイドと一緒の部屋になるからさ」
ガイから視線を外すようにして言った言葉に、この間の喧嘩の内容を思い出してしまう。また、どしたのいうのか。というか、何だこの展開は。
「ルーク?どうかしたのか?俺は別に大丈夫だぞ?」
だって普段からルークはジェイドを苦手にしていなかっただろうか。どうして突然。
ガイの横に立っていたルークの手を引っ張ってジェイドはルークをぎゅっと抱き寄せた。15センチ差の身長のせいかすっぽりとジェイドの腕の中に納まったルークが小さく見える。
「わわっ、ジェイド!」
「そういう訳ですので、ガイ。今日はルークをお借りしますよv」
ジェイドの腕の中でバタバタ暴れるルークをしっかりと胸に押さえ込んでしまうと、ジェイドが不敵な笑みでガイを挑発する。ガイも、視線だけで殺せるなら殺せるだけの殺気を込めてジェイドを見た。
「ルーク、まだどうしました?暗い顔をして」
宿の部屋に着いて荷物を降ろした途端にベッドにすとんと腰を下ろして下を向いてしまったルークをジェイドが覗き込んだ。ガイの文句やら視線やらが部屋に入るまでしつこかったが、部屋に入ってしまえばこっちのもので、鍵をかけてしまえば邪魔も入らない。
下を向いたまま答えないルークの隣に腰を降ろした。
「ルーク」
優しく問いかけるとルークがジェイドを見た。
「あのさ、また、嫌われたかな。大丈夫かな」
なんの事かと思えばガイの事。まだまだ保護者の方が天秤が重いようで自分の恋の道が果てしなく険しいことを実感してしまう。このまま気の良いお兄さん(おじさん)を演じると多少妨害が出てしまうかもしれない。
「ガイ、ですか?」
溜息をつきつつも、いつかは実りがくるまでと今は相談にのる事にする。
「うん。また、勘違いされたよな」
「大丈夫だとは思いますけどねー今回はちゃんと事前に言いましたし」
「でもガイ、笑ってなかった」
それはルークが見ていない所で戦ったから。しかも視線だけで。あれしきの事で簡単にルークに伝わってしまうようだったらガイもまだまだである。まぁ10歳は年下の彼に本気で嫉妬していた自分もどうかと思うが、恋の相手がさらに年下なのだから仕方が無い。
「ガイも余裕がなくなってきたんじゃないですか?」
「余裕?」
「失礼。こちらの話です」
なんの事だか全然分かっていないルークの視線を外すために眼鏡をくいっと上げる。
子供にはストレートに話さないと伝わらないらしいし、年相応に情緒面が未発達な子供にはきっと刺激の強い話。というか、今から個人的に調教したい所。
「ガイに嫌われるのが嫌ですか?」
ルークの視線がまた下がってしまう。
「嫌っていうか、怖い。いっつも一番に分かってくれてから。ガイに嫌われたら俺独りぼっちになっちまうんじゃないかって、思う」
ぎしり、とベッドがきしんだ。
ルークの下げた視界にジェイドの影が落ちた。どうしたのだろうとジェイドがいた場所を見ると思った以上に顔が近くにあった。息が届きそうなほどの距離。
「この間言った事、覚えてますか?」
「え?」
「私は一度あなたを見放しました。でも、今はあなたが望めばそばにいます。貴方が寂しいなら寂しさの代わりになりましょう」
言われてみれば眠れなくて、ベッドから立ち上がってごまかそうとしていた自分にジェイドはそう言った。あの時は怖かったからそのまま抱きついて眠ってしまったが。
今、この距離で彼は何が言いたいのだろう。
きょとんとするルーク。
ジェイドはその様子を見てまだ伝わっていない事が分かった。
「ジェイド?」
近くで見たルークの瞳があまりにあどけなく感じて、ルークの頬に触れるかどうかのキスをした。
多分、ルークは分かっていない。そんな刹那のキス。
「大丈夫ですよ。あまりしつこい様なら私から説明しておきますから」
翡翠の目を真紅の目で見つつ、ゆっくりと最初の位置に戻る。
「ルーク?」
「え、あぁ」
呪縛にでもかかっていたのか動かなくなっていたルークがびくりと動いた。
「どうしましたか?」
「え、う、ううん」
ルークは赤くなって下を向いてしまった。もしかして伝わったのだろうか?それともキスに気付いたのか。雰囲気を感じ取ったのか。どれかは分からない。
けれども次の瞬間にばっと顔を上げてジェイドの顔を見たルークはいつもどおりの表情をしていた。
「今日も一緒に寝ればいいんだろ?」
先日の代償としてジェイドがルークに望んだものは、それだった。ガイに内緒の約束。
「えぇ、お願いします」
ぱっと晴れた笑顔につられていい笑顔をだしてしまうジェイド。
「じゃさ、余計な誤解がないように夕飯はガイと一緒に三人で食べようぜ!」
そうと決まったらガイに言ってこないとな!と立ち上がってジェイドを振り返らずに扉を開けてしまう。
「ちょっとガイの所に行ってくるな!」
「はい、行ってらっしゃい」
ばたん!と勢い良く閉じてルークは部屋の外に行った。
やれやれ。
「一歩前進ですか?」
照れている彼もかわいらしいと、口元を押さえて自分の作戦第一弾が成功したのを感じ取ったジェイドだった。