『親離れ、子離れ 中篇』


太陽がすっかり真上に昇った。
結局やる事のなかったガイは部屋にこもって、ぼろぼろになっていたものを取り替えて、また新しく買っていたものを自分用に使いやすく調整したり、部屋でちまちまとした作業をして午前中をすごした。剣の手入れをすっかり終わって部屋の時計を見るともう昼の時間で、ルークの様子でも見ようと部屋から出る。
朝の調子では本格的に体調を崩しているかもしれない。だから今の内に長引きそうならば病院に行くかどうかジェイドともはなしておかないと行けないし、もし調子が良さそうならば食事に誘うのも悪くない。きっと慣れないジェイドとの一晩はルークにもストレスを与えているに違いない。旅に出る前にガス抜きをやってやらないと、疲れがたまってしまうかもしれない。
廊下から出て、少し廊下を歩く。
何かの祭りが近いのかホテルの稼働率は高く、隣室同士で部屋が取れずに部屋同士が少し離れてしまったからだ。今日はそのまま同じ部屋を取れたみたいだから荷物の移動はいらないが部屋を取る時にジェイドが自分の名前を出してくれなかったら、本当は泊まれなかったに違いない。軍属というのはこういう時に便利である。

「ジェイド様様だよな」

廊下ですれ違う同じ宿泊客に挨拶をしつつ目的の部屋まで来ると、コンコンと軽めのノックをした。使用人時代と同じノック。やはり一度身に付いたものは身から離れない。今更気遣うものでもないがそれでも「ルーク、入るぞー」と言ってから一呼吸置いてがちゃりと扉を開けた。開ければ、ジェイドの命令でゆっくりと寝かされているルークがいるはずだった。

「っっっっガイ!」

焦ったようなルークの声と目の前の光景が自分の中で一致せずに頭が混乱した。
扉を開けた瞬間に見えたのはベッドに横たわるルーク。それは良かった。彼は具合が悪いから寝ている予定だと思っていたから。
問題はそのルークの脇で眠っているジェイド。
隣のベッドを使っているわけでもなく、備え付けのソファに眠っているわけでもなく。ルークの肩を抱くように手を回して、ルークのベッドで眠っているジェイドがいた。ちらりと反対側のベッドを見ると、それはベッドメイクされた後なのかそれとも手を付けられていないのか眠った後の無い綺麗なままのベッドがあった。

「ルーク……?」

思わず声が漏れた。しかもかなり間抜けな感じで。
二人とも服は着ているから、そういう関係ではないのかもしれない。でもだからと言って同性同士が一つのベッドで寝るのもそうそうおかしな話のような気がして、大体にしてルークはともかくジェイドがこういう幼稚な事をするとも思えない。
ルークがねだったのか。あのジェイドに?

「がっガイ!あのな!」

慌てて起き上がろうとすると肩に回してあったジェイドの手が意外にも重かったのだろうか、またベッドにどさりと戻る。顔だけこちらに向けて、すごく焦ったような顔で言葉にならない言葉をつづっている。

「えっと、だからこれは、っその、寒くてってーえと、いや今日はゆっくり出来るから書類も休みにしようと思って、無理矢理寝かせたらそのままえとー捕まってじゃなくて!!そうそう昨日の罰ゲームだから今日は一日ジェイドの傍にいないといけなくて!」

ルークも相当混乱しているらしく、言っている事のつじつまが見事なほどに合っていないが何となく話が見えてくる。つまり、ジェイドを起こさないと理由が分からない。

「えとな、だからな」
「ルーク。もういい。旦那を起こしてくれ」
「だからえっと、ジェイドの機嫌を損ねると今日の夜も同じ賭けをしないといけなくて」
「ルーク」
「だから、だから」
「うるさいですねぇ、人の枕元でごちゃごちゃと」

ジェイドを起こそうと、言い訳を続けるルークを尻目にズカズカとベッドに近寄るとどこから聞いていたのかやけに寝起きの良いジェイドの声が聞こえる。
ジェイドはのそりと起き上がるとガイを見据える。

「おやおや。今日はゆっくりお休みの一日だと朝言っておきましたが、どうかしましたか、ガイ」
「ルークの具合を確かめに来た」
「あぁなる程。で、どうですか?」
「大丈夫そうだなって感じはするな」
「そうですか。それは良かったです。で、いつまでいるおつもりですか?」
「あんたがルークと同じベッドで寝ている理由が分かるまでかな」

勢いを付けてばっと二人を包んでいた布団をはいだ。
さいわい二人共洋服は身につけたままだったからガイが危惧していた事態は起こっていないらしい。
しかしそれはどうでもよくて。
今は正体不明のこのもやもやした怒りのようなものをどうにか抑えたくて、それも全部態度に出て苛立ちが目立ってしまう。

「無粋ですねぇ、少しは察したらどうですか?今朝のルークの様子や今の様子から、ね」

ジェイドの腕の中でルークが青くなったり赤くなったりと忙しい。ジェイドの機嫌を損ねるのが恐ろしいのか、自分に関係がばれるのが怖いのか。おそらくどちらもだろう。こういう時に理解力のある自分の頭が恨めしい。
ジェイドの一言で分かってしまった自分がいる。

「何も言わずにどうしました?」

上から物を言うような高圧的な声が聞こえた。
7年間が奪われたような気がした。
全てを奪われた気がした。支えになっていた子が目の前でさらわれた気がした。

「そういう事か、ルーク」

気付いたらとても冷たい声でルークに言っていた。きっと視線も敵を殺すような冷たい目だったに違いない。だから。

「ちが、ガ……」

勢い良く駆け出していた。ルークの言葉も聞かずに、これ以上その部屋にはいたくなかった。自分が知らないルークがいるから。違う。彼の一番が自分から移ったから。
そんなルークは見ていたくない。





バタン!と扉が閉まって部屋には事後のシーンとした沈黙が流れていた。
そして、ルークの両目からは涙が出ていた。

「ルーク」

気遣うようなジェイドの声で顔を上げると、優しく微笑まれたジェイドの瞳があった。

「どうしよう、……れ、こんな、つもりっ」
「分かっています。随分頑張りましたね」

そうして胸に顔を抱き寄せた。ひっくひっくとしゃっくりを上げるルークをきゅっと力を入れて抱き締めれば、同じようにぎゅっと捕まれた洋服にしわが強く刻まれる。

「でも、これはあなたから言い出した事なんですから、しっかりと決着を付けてくださいね」
「……うん」

くぐもっていても、しっかりとルークは言った。




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