『愛人形2』
→愛人形1はこちらから


サァァァ。
冷たい雨が降っていた。
二階にある自室で、窓辺によりかかり考えるのは誰の事でもないジェイドだった。

「ジェイド様……」

常連ピオニーの連れであり、失礼の無いようにと店主のガイからは言われていた。
興味が無いように振る舞い、途中で帰ろうとしたのにヴァンから助けてくれた男の肌は温かかった。逆に冷たい肌を温めてもらってしまった位である。
男だと言う事で乱暴に扱われる事も多い。時には切れてしまい使い物にならない事故が起きたりもする。愛を語り夢を見させる場所、花街。売れっ子である双子の兄アッシュとは裏腹にルークはまだ常連客を持たない身分だった。
あの日も兄女郎のアスランのお座敷にガイが付けたのだ。しっかり勉強しろと。
彼はアスランのお客の連れ。
だから自分を直接指名するには、まずアスランを指名して馴染みにならないといけない。
自分の事など忘れてしまうだろう。
一夜限りの相手なのに、どうして彼が頭から離れないのかは分からない。それでも、ヴァンから助けてくれたのは嬉しかった。
だから忘れたくない相手。

「ジェイド様」

一輪差しを指でつつく。
小さな花は音も立てずに揺れた。
甘いため息に乗せた想いが伝わればいいのに、ルークは夜の準備の為に湯へ向かう。




チリンとかんざしが鳴った。
シトシトと屋根の軒下から大粒の雨がこぼれる。

「今日は雨とあってか、街中を歩く人が少ないですね」
「アスラン姐」
「浮かない顔しないで、外に愛想を振りなさい」
「……はい」

見世物のような赤い檻の中から街を歩く人々を見る。
男とは言え、買うにはそれなりにかかる。檻の柵の向こうには華やかなルーク達を見つめる多くの目があった。
ルークはこの瞬間が一番苦手だった。値踏みされている。
以前はルークはアッシュと並べてられていたのだが、器量の良さと気質の高さが気に入られたのか、初めの半刻だけ腰かけると座敷へ常連の為に下がる。
それはアスランも同じだった。

「ルーク、今晩は陛下がいらっしゃいます。来ませんか?」

他には聞こえないようにアスランは小声でルークに伝えた。
チリンとアスランのかんざしが鳴る。
優しい笑みに、目を見開いてしまう。
陛下とはピオニーの事だ。愛称なのか役職なのか分からないが、それだけで身分の高い人物だと分かった。いずれ身請けされる日が近いと噂である。

「私からお願いしてみますから、ね?ジェイド様にお礼の文も送っていないのでしょう?」

奥からアッシュとアスランを呼ぶガイの声が聞こえた。
常連が到着したのだろう。

「さ、行きましょう。きちんと文を持っていらっしゃい」

先日、ジェイドがヴァンから助けてくれた事件はアスランの耳にも入っていた。
客人の手前で取り乱したは叱られたが多くは告げられずに、アスランはルークとジェイドのその後の話を静かに聞いていて、満足そうに笑ったのだ。では、お礼の文を書いて渡さないといけませんね。そう言って。

「先に座敷へ行ってますね」

再度、アスランを呼ぶ声が聞こえた。
外は雨。
行く人々の傘。
特異を凝らしたあの中に自分を買う人は今日もいないのだろう。
ルークは立ち上がると一礼し、書き留めてあった手紙を取りに部屋へと向かった。


「てぇと。上手くいったのか?この間の」
「えぇ、陛下のお陰です」
「座敷に来たら名前で呼んでくれって、頼んだろ?」
「……ピオニー様」

よしっと軽く唇を奪う男は嬉しそうに盃を傾けた。

「ジェイドも中々に堅物でなー扱いに困った連中に泣きつかれたんだよ」
「そうでしたか」
「で、あいつ。ルークだっけ」

ピオニーの空けた盃に冷酒を注ぎながらアスランは微笑んだ。
なんだかんだと面倒見のいいピオニーはジェイドが少しでも息抜きになればいいと連れてきたらしいが、その効果はあったらしく、翌日からの仕事も雰囲気が柔らかくなったという。……日を追うごとに元に戻っているらしいが。
ピオニーは料理に手を付けると、アスランの返事を待つ。

「ルークは相変わらずですね。たまにボンヤリとしてますが、お客も付きませんし」

変化無しです、とため息をついた。
このまま売り上げを伸ばす事が出来なかったら、下働きにされるであろうルークを考えると悩みは尽きない。
今だってアスランとアッシュが二人でガイに頼んで店に置いて貰っているのだ。

「そんなにルークは客がつかないのか?」
「初めこそ付いたんですけどね。水上げがヴァン様で、それからヴァン様のお気に入りとして名が知られてしまいましたから」

アスランは肩をすくめた。
その続きをピオニーが続ける。

「あぁヴァンのせいで双子の片方が不能になったっていう、アレか」
「これ以上はピオニー様でもお話出来ません」
「気にするな。あいつの情報も俺の管轄だからな」

たいして重要な事じゃないとピオニーは笑った。

「幸せになって欲しいな、ルークには」
「えぇ」
「なんなら俺がアスランとルークをまとめて連れて帰ってもいいぞ」

弱々しく微笑むアスランをピオニーは抱き寄せた。

「俺は本気だ。お前を幸せにする為ならルークも」
「ピオニー……様」
「失礼します」

チリンとかんざしの鳴る音が聞こえた。
アスランがピオニーの腕の中でビクリと震えるのを感じると、ピオニーはアスランを離した。
一呼吸空け、障子から覗いたのは赤毛の子ども、ルークだった。

「ルーク、入りなさい」

アスランは姿勢を正すとルークを呼んだ。
音も立てずに開いた障子の向こうから頭を下げ、しずしずとルークが入ってくる。

「遅くなりました」
「いいえ。ちゃんと文を持って来ましたか?」
「……はい」

ピオニーは手紙?とアスランを見た。するとルークの手から手紙を受け取ったアスランはピオニーにそれを渡す。

「ルークから大佐様にお礼の文です。お渡し願いたいのですが」

客人に手紙を頼むなんて失礼にも程があるのでは、そうルークはビクビクしていた。
しかし。
ピオニーはキョトンとした後にハッハッハッと豪快に笑った。

「なるほどな!分かった。アスラン、お前の顔に免じて引き受けよう」
「有難うございます」
ルークの心配は杞憂に終り、ピオニーは快諾してルークの頭をワシワシと撫でた。
アスランが良かったですねと、ルークを見て微笑んだ。






「んっ、くぅ」
「ほらルーク、もう少しだから頑張って腰を落としなさい」

命令に従わないと、もっと酷い事をされる。
ルークは懸命にアッシュの、その雄に向かった腰を下ろしていた。
いくらアッシュが挿れ慣れしていないモノでも、ルークの蕾にしてみれば、それなりの大きさである。
自分から挿れるのは苦痛だった。

「今夜は薬は飲んでいないのか?動きが悪いな」
「うぅっ」
「おい、ルーク。無理をするな。切れるぞ」
「あっぅ」

アッシュがなだめるようにルークの前に手をかけた。
それでも萎えたソレに力が宿らない。
男は……ヴァンは鼻を鳴らした。

「生意気に客など取っているから多少は上達したかと思ったが」

まだまだだなとルークの苦しみに歪む頬をヴァンの手が撫でた。
そして、あぁそうだと思い出したかのように告げた。

「ルーク朗報だ」
「な、んですか?」
「お前を身請けする事にした」
「!」

身請けという言葉に胸がドキリとした。
その拍子にくわえ込んでいたアッシュをギュッと締め付けてしまい、アッシュの苦しそうなうめき声が聞こえた。
慌てて力を抜けば、より深い所までアッシュを入れてしまい、背中に電撃のような痺れが走った。

「このままここで買い続けてもいいが、またこの間のように邪魔されるのも不愉快だからな」

お前は私だけの玩具だとヴァンの瞳に暗い影がともる。

「アッシュ。揺らしなさい」
「こいつは今、受け入れるだけで切れそうなんだぞ!?」
「うぅっ」
「命令だ。揺らしなさい」

ギチギチに限界まで広がったルークの蕾をアッシュは撫でた。
紅く花開いた場所は痛々しい程に締め付ける。
香油を取ると、少しでも楽になるようにルークと自分の結合部分に塗り込んだ。
そして背中を預けてくるルークの足を大きく開かせ、秘部がよく見えるように抱え上げると、そのまま腰を使って揺らした。

「あっうっいったいっいたいっ」

快楽を拾わなくなって、うつろな目をするようになって随分たつ。
ヴァンが来た時はいつでもアッシュとルークを揃って呼んだ。そして自分は盃を傾けた指示を飛ばすだけでルークとアッシュの痴態を見る。
二人が双子だと知った上での事だ。最初は嫌がりながらも、反応を見せていたルークの身体も回数がかさむ内に薬で無理矢理にでもしないと、反応は無くなっていく。
アッシュの蕾にルークを挿れるようにとの指示以来は、完璧に使えなくなった。
ルークがこうなったのはヴァンと、自分のせい。アッシュはルークが楽になるように深い動きを繰り返し早く自分が達するように動きに集中した。
ルークのかんざしがアッシュの動きに合わせて揺れた。
ちりんっちりんっ。
泣いているようだ。
この子は幸せになって欲しい。
ヴァンに身請けされるという事は未来が、無い。
誰かに知らせなければと警報が聞こえていた。




ジェイドの二回目の訪問は一人。
ピオニーの連れだからアスランに指名が入るが、アスランの配慮でジェイドの相手はルーク一人だった。
それはヴァンの身請けを3日後に控えた頃。
雨が降る、寒い日。

「お久し振りです。覚えていましたか?」
「ジェイド様。その節は有難うございました」
「いえ。私の方こそ文の返しを出さずに済みません」

部屋は角部屋で、辺りは静かだった。

「いえ。私の方こそピオニー様にもご迷惑をかけまして、済みません」
「あぁ、なんだか思いきり冷やかしてきましたねぇ。いいですよ、それが仕事みたいものです。彼は」

ふっと苦笑するジェイド。
そういえば、彼に抱かれた時は薬の作用もあったが久し振りに行為が温かかったなと思った事を思い出す。
彼は何か特別なんだろうか。
頭を捻った。
部屋の外から雨の音が聞こえた。
ルークは小さなロウソクを取り出すと、火を移し、部屋の隅や窓辺に置く。
そうするとジェイドの顔付きがよく見えた。

「寒くないですか?今日は雨ですから」
「大丈夫ですよ……それより、もう少し近くで話しませんか?」

ジェイドは自分のすぐ隣をポンポンと叩いた。
呼ばれるままにルークはジェイドの隣に腰を下ろした。
ちりんと、かんざしが小さく鳴る。

「可愛らしい、かんざしですね」

ジェイドの指先がルークのかんざしに触れた。
揺らす度に、ちりんちりんと鳴る。

「澄んでいて、良い音です」
「有難うございます」

頭を下げると、またちりんと鳴った。
以前、ヴァンが買って与えたものだが、いつ来るか分からぬヴァンの為に付けている内に習慣になっていたのだ。
少しでも動けば鳴る、そのかんざしは外そうにも外せない。外すと何か起こりそうで入浴・睡眠以外は付けたままだ。
まるで呪縛のように、ルークから離れない。
触るジェイドに呪いが移らないか心配になりながら、ルークは至近距離にあるジェイドを見た。
赤い目。

「ジェイド様は赤い目をしているんですね」
「えぇ。まぁ過去にちょっとありましてね。不気味でしょう」
「いえ、綺麗です。深い赤は好きです。温かいです」

ニコリと微笑んだルークにジェイドはつられて笑った。
初めて言われた言葉に内心、動揺しているのだが、ルークは嬉しそうに笑顔を作る。

「初めて言われました。温かい、ですか」
「はい、温かいです」

ふふっと声が漏れた。
それはルークから。

「ジェイド様、おかしいです。そんなに虚を突かれた顔をなさらないで下さい」

雨の音に重なる声。
かんざしの音。
楽しそうに笑うルークにジェイドは本棚を切り出した。

「ルーク、聞きましたけど、あなた身請けされるんですか?」
「えっ……」

途端に笑い声が消えた。
雨の音が部屋を支配する。

「ヴァンに身請けされると、聞きました」

もう一度、はっきり言ってやると、ルークの表情から笑みが消え、青ざめたかと思うと、身体を後ろに引いた。
ジェイドはルークの身体を追いかけて、肩を掴む。
それ以上、ジェイドから離れる事が出来ないルークは、下を向くと唇を噛んだ。

「身請け、されるんですね」
「はい」

ようやく出た、蚊の鳴くような小さな声は虚ろだった。

「ピオニーから……アスランからもですが、聞きました。ヴァンとあなたの事」
「はい」
「あなたはそれで良いのですか?」

ちりんと、鳴った。
ルークが顔を上げたからだ。

「……そんなっいい訳、ないだろ!?俺は、俺は……!」

そして、はっと口元を押さえた。
地が出てしまった自分に涙が浮かぶ。
だらしない。
呆れられた。

「本音、聞かせて下さいルーク。『俺は?』」
「…………俺は、ヴァン師匠の所に行きたくない」

ジェイドの手が優しく背中に回った。そのまま静かに抱き締められているのを知ったのは、青い軍服と蜂蜜色の柔らかい髪がルークの視界いっぱいに広がったのを理解してから。

「本音、ですよね?」
「はい」

雨の音が聞こえた。
ジェイドがルークの髪を結い上げていたかんざしを外した。
バサリと長い朱金の髪が落ちる。
ルークの身体をジェイドは離すと、手に持っていたルークのかんざしを折った。
呪いなんて無かった。
折れても、何も起こらない。

「あの男からの贈り物なんて捨てなさい」

ジェイドは懐から包みを取り出すと、その中からかんざしを取り出した。
そしてルークの髪に挿してやる。
赤い石のついた、豪快なもので、しゃりん、と鳴った。



END







ブラウザバックでお戻り下さい