『愛人形』
シャリン…シャリン……かんざしの飾りが首を傾ける度に揺れて、可愛らしい音をたてる。
薄く化粧をほどこされた唇が、何かを喋ると薄く開いて、赤い舌が見えた。
「どうだ、ジェイド。中々ないと思わないか?」
目の前の金髪碧眼の男は銀髪の肌が蜂蜜色をし、着飾っている男娼の酌を受け取るとクィっとあおる。
ふふんっと笑う顔は不遜で、明らかにこちらをからかう色を含んでいた。
ジェイドはというと、流い赤髪を美しく結い上げている少年の酌を受け取り、唇に付ける。
甘い芳香は誰からか。
この酒からだろうか。
「何が言いたい、ピオニー」
「遊郭なんて、どうせ来た事無いんだろ?よりどりみどりで来る者拒まず去る者追わず。噂になってるぞ、百人斬り」
どこまでもジェイドをからかう気でいるらしいピオニーに腹が立つ。
無視をして帰ってやろうかとも思うが、控え目に黙って酌をする赤毛の子どもが何だかいたたまれなくて腰が重たい。
今晩は一晩中、この子どもと銀髪の青年を借り上げたらしい。
こういう事に金を使う辺り、本当にくだらないと思う。
これが遊びならば、下町で綺麗所を捕まえた方がよっぽどいい。
ピオニーの問いに答えずにジェイドがふぅとため息をつくと、ピオニーは露骨に眉をしかめた。
「おいおい。折角の酒が不味くなるだろー。ため息はやめろよ、ため息は」
「ピオニー様がいじわるばかり言うからですよ」
見かけよりも低い声で話すのは銀髪の男。ピオニーの手が銀髪の肩に周り、ねっとりと撫でているのは、先ほどから見えている。お抱えらしい。
早く部屋に帰ってしまえばいいのに。そうしたら適当に用事をつけて帰れるのに。
「ルークだって暗いのは嫌だろー?」
「そ、そんな!」
見た目通り子どもだったらしい。
後ろで静かに控えていた赤毛の子どもは銀髪よりもやや高めの声で話した。
頭が動いて飾りがシャリン、と一つ鳴る。
まだ成人として熟して無いのだろう。頬は少し丸みを帯びて、可愛らしい印象を持つ。男娼として、一番綺麗な時期。中性的で、男とも女ともいえない色気を伴っていた。
「ジェイド様、もしかして体調が優れませんか?お床なら準備が出来ておりますので、ゆっくりお休み下さ…」
「あなたこそ、仕事かもしれませんがゆっくり休んだ方がいいのでは?」
上手く隠しているのだろうが、ルークの顔に出ている疲れは隠しきれていない。
「売れっ子という事は昼も夜も無いのでしょう?」
ルークはゆるく首を振った。
「ピオニー様とジェイド様に失礼の無いよう言われております、お気遣いありがとうございます」
そうしてキセルに火を付けると、ゆっくり吸い、煙を吐いて、その紅の付いたキセルをジェイドの口元に持っていく。
ジェイドはそれをやんわりと断った。
「私は飲みませんから」
分かりましたと種火を消して、道具を仕舞う。
「おっまえ、究極にノリ悪いぞ」
「五月蝿い。だったら連れてくるな」
機嫌が悪い。
イライラする。
早くここから立ち去りたかった。
その空気を今更ながらに感じ取ったピオニーは銀髪の男娼を立ち上がらせると「んじゃ、またな!」と部屋を出て行ってしまった。
「……」
部屋に沈黙が降りる。
だんだんとピオニーとあの銀髪の男娼の足音が遠くなっていく。やっと帰れるとジェイドはため息をついた。
「あの、ジェイド様。本当に、お気遣いなさらないで下さい」
「いいですよ。それより、私はもう帰りますからゆっくり休みなさい」
赤毛の子が、ジェイドのため息を聞いて慌てて謝るが、ジェイドは言うのが早いかルークの言葉を遮るようにして立ち上がり、身支度を整え始めた。
「ですが」
「私の上着を取って下さい」
何かを言おうとするルークにジェイドがきつい視線を送った。
ルークは一瞬怯むと、渋々上着をジェイドに着せる。
「ありがとうございます。では失礼します」
ふすまを開けて、部屋を出るとルークがそれに従った。
しずしずと歩くと、聞こえるのはかんざしのシャリンという音と衣擦れの音だけ。ジェイドは内心、よくしつけられているんだなと関心した。
しかし、ここでお別れ。
もう二度と会う事もないだろう。
赤い廊下を抜けて、妖しい声のする座敷の脇を通り抜けて。
玄関につくまで、一言も話さなかった。
ルークが素早く番頭に言ってジェイドの履物を用意させる。ジェイドは礼を言いながら、地面へと足を下ろした。
「最近はよく冷えております。お気をつけて」
「あなたも、ゆっくり休みなさい」
ほんの気まぐれでルークの頭に手を置いた。その瞬間、ルークがピクリと目を開いた。そして、はにかむと、ジェイドの頬にキスをする。
「またいらして下さい」
笑う顔は少年の姿そのまま。
色事は置いておいても、この表情に会えるなら、また来てもいいかもしれないと思いながら「ええ、また寄らせていただきます」と答えた。もしこれが客寄せの一環ならば大したものだ。
ざっと、のれんをくぐって外に出ようとすると、体格の良い男とぶつかった。
「失礼」
「済まない」
お互いに謝罪すると声に聴き覚えがあった。
「……ヴァンですか」
「これはこれは。カーティス殿。このような場所で珍しい」
くつくつと笑うのは自分よりもずっと年下なのに貫禄を持つヴァンだった。表向きの評判は良くても、裏の評判はすこぶる悪い。ブラックリストに載っている名前だった。
「私も人の子ですので」
「ふん。仕事で来ていたわけではないようだな。おや、ルーク。出迎えか」
小さく背後で「ヴァン師匠」と声が聞こえた。若干震えているように聞こえるのは気のせいか。
「では。カーティス殿、失礼する」
ヴァンが番頭の方へ歩み寄り、何やら話している。
そしてニヤリと笑うと、ジェイドを見送る為に出てきていたルークの元へより、その腕を掴み取った。
「今日はアッシュも呼んでおいた」
ルークの目が、激しく揺れた。
「い、いやだ!!!」
「聞き分けの無い子には仕置きをせねばなるまいぞ?」
「アッシュは、アッシュは嫌だ!!」
ルークが醜聞も気にせずに大声で反応する。
ヴァンはいつもの事だと言わんばかりにルークを無理矢理連れて行こうと引きずる。その様子に何だか胸騒ぎがする。
こちらに一瞬でも笑いかけてくれたルークに、少し仏心がさしたのかもしれない。
「お待ち下さい。ヴァン。そのルークは今晩は私が借り上げております」
「……ほう」
ですからその手を離しなさいと、ジェイドは続けて言った。
「貴公は今帰るところだったのでは?」
「気分が変わりました。ルーク。部屋へ行きますよ」
履物を脱いで、上がる。
そしてヴァンの腕の中からルークを連れ出すと、来た道を戻る。
後ろからヴァンの笑い声が聞こえたような気がするが、気にせずにスタスタと歩く。やや早歩きのジェイドに引きづられるかのようにルークがトテトテと付いてきて、先ほどの静かな歩き方とは別の、小さい子どものような様子にジェイドの頬が自然に緩んでいた。
「あの、ジェイド様?」
「いいから。ほら」
ポンっとさっきまでいた部屋に着いてルークを入らせる。
パタンとふすまを閉じてしまえば、誰からの邪魔も入らない。
ルークはしばし呆然としていたが、すぐにジェイドに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
シャリンと飾りが鳴った。
「いいえ。目に余るものだったので。あんなに嫌がっていたのに」
「……あの方はヴァンと言って、私達のお得意様なのですが……その、少し特異な事をなさる方で私は苦手なんです」
「まぁ仕事上、よく会う相手ですが評判は良く無いですねぇ。しかし私が帰ると再びあの男が来るような気もしますし、乗りかかった船です。今晩はここに泊まらせて頂きますね」
ジェイドが上着を脱いでルークに渡すと、ルークは笑顔で受け取った。
ルークと色々な話をした。
ルークがどうしてもと言うので、ルークの膝に頭を乗せて。
しかし夜も更けていくと少しルークの様子が変わっていた。
「……」
「どうしました?具合でも悪くなりましたか?」
ルークが話をしたいと言ったから付き合っていたが、元々は疲れている様子だったルークだ。体調を崩したのかもしれないとジェイドは体を起こして様子を伺った。するとルークの目元が潤んで赤く染まっていた。少し息も荒い。
「風邪でしょうか……熱があるようですが」
「はっ……気にしないで下さい。薬が効いてきたので」
「薬?」
「私、不感症なんです。だから仕事で毎晩飲んでいるんですけど」
今日は効きすぎて苦しいな、と眉を寄せた。
普通は使い物にならないとされるのに、使われているのは容姿がいいからか。
「済みません。あちらの部屋で休みます。ですから、ジェイド様はどうぞゆっくりと休まれてください」
ふらつく足でルークがゆっくりと立ち上がり部屋を出て行こうとする。
ジェイドはルークの腕を引き止めるようにつかんだ。
「またヴァンが来たらどうするんです」
「ご迷惑はかけません」
「ならここにいなさい」
「しかし、失礼をしてしまうので」
「私が解消させてあげます」
ルークを座らせて、その紅で染まっている唇を重ねた。
角度を変えて唇をすり合わせるとルークがビクリと反応する。ルークの舌がおずおずとジェイドの唇をなぞり、中に入ってくる。教育されたキス。
「苦手、ではないのですか?」
「苦手ではありませんよ。あなたが満足するまでお相手して差し上げます」
だからヴァンの所に行くな。
ジェイドの手がルークの帯紐を解いた。
「あぁぁ……」
ルークが身悶える。
予想以上に感じやすくなっている身体はジェイドの愛撫を素直に受け取っていた。
ジェイドの熱い舌がルークの肌を撫でる。
胸の飾りにかじりつくだけでルークは高い嬌声を上げて、下半身からはピュルっと白い液体がもれる。
「……耐え症がないのも薬ですか?」
くすりと笑って粒を指でつまんでやると、しこりを帯びて硬くなる。
ルークの手はジェイドの下半身に伸びてその雄を擦っていた。
「ちがっあん!ジェイド様っ」
切ないように、耐えられないように首を振ってルークは片手でそろりと自分の蕾を遊ぼうと、後ろに手を伸ばした。
「まだダメです」
胸をいじっていたジェイドがひとさし指で胸からへそを辿り、ルークの雄を形作るように這せる。
ピクンピクンと震える自身が可愛い。
ルークがジェイドの雄を擦るのと同じように擦ってやると、ルークの手つきは段々といやらしい様に動いた。
ぬちゃりとどっちが漏らしているのか分からない粘着質な音が響く。
ルークのかんざしだけが綺麗な音でシャリン、シャリンと鳴る。
「あんっ……あっ……」
上気した頬に、潤んだ瞳。
場数慣れしているせいだろうが、自然と開く足。
萎えるんじゃないだろうかと思っていたが、予想以上の情景に年甲斐もなく興奮するのが分かった。
ジェイドがペロリとルークの唇を舐めるとルークが薄く口を開いてジェイドの首筋に甘噛みをする。
「はぁ……あぁ……ジェイド様、もう、いれてください」
切ないんです、とルークが言う。
誘うように腰を震わせて、ルークはジェイドの下半身から手を離した。
そして、少しジェイドから身体を離して腕を伸ばすと棚から小瓶を取り出す。
中にはテラテラと油のようなものが入っていた。
「それは使いません」
では、紙を噛ませてください。ルークが言うとジェイドがクスリと笑った。
「潤滑油なら、ここから沢山出てるじゃないですか」
「ひゃぁ!」
ぐりっと蜜口を擦るとルークがまた液体を出す。
それがしとどとルーク自身を伝って、蕾を汚していた。
「そんなっでも」
「いいですから。私の好きなようにさせてください」
濡れたルークの蕾にジェイドが指をぐっと入れるとルークが「っふ」とこらえる様な声を出す。
どうやら油を使わない行為に慣れていないらしい。
それでもルークは萎える事は無く、素直に快感を追って天を指していた。
「今までここに何人咥えてきたのかは知りませんが……」
ここ一番の快楽を差し上げます。
ジェイドの指がルークの壁を擦り、前立腺を捜し出す。
ゴリっと何かが鳴った気がした。
その瞬間にルークがジェイドの指を締め付ける。
「ああん!そこ、そこはだめ…!」
涙をこぼしながら訴えるルークは扇情的で、ジェイドは自分が痛いほどにうずくのを感じた。
思春期の子どものような、余裕のない自分に苦笑が漏れる。早く入りたい。
「ルーク」
「じぇい……どっ、さま」
どこからか甘い香りがする。
酒か、香か。
この子か。
シャリンとかんざしが鳴る。