『人魚姫』 MORE
「…ってーと。えっと」
ルークは用意された寝間着に身を包み、ズボンの裾をギュッと握りしめて、なすすべも無く立っていた。
今までズボンなんてはいた事もなかったが、意外と温かくて、分かれている足それぞれが温かくて便利だなぁと思う。
緊張した時の手のやり場にもなる。
緊張している原因として、目の前には一人寝には大きめのキングサイズのベッド。その上には眼鏡を外したジェイドが毛布をめくりながらポンポンと自分の横を叩いている。
「ほら、湯冷めするでしょう。早く入りなさい」
「う、うん」
失礼します…と遠慮がちにルークはベッドの上に乗った。
なるべくジェイドに触れないように、冷たい空気が入らないように中に入ると、ジェイドに体を倒しなさいと、毛布の下に押し込められた。
二つ並んだ枕の片方に頭を乗せてジェイドに背中を向けて潜る。なんだか気恥ずかしくて顔が出していられない。
あまりに突発的で、どうしたらいいのかサッパリわからない。
海と陸の親善大使を命じられたのは今日の昼の事。
そのままルークはピオニーとティアの命令によってジェイドの世話になる事となったのだが突然の時代だったので、王宮に部屋が用意出来ない、との事だった。
そんな事ないだろうと言いたかったが(なにせルークが王宮に来てピオニーの私室に行くまでに普通に仕事しているメイドが今日は来客が少ないから、空いている部屋のホコリに注意しろと小言を言っていたのを聞いた)、それを言うのも失礼かと遠慮していると、とりあえずジェイドの屋敷に行くようにと言われた。
そして何故かジェイドの屋敷で、何故かジェイドのベッドにいる。
来客用の部屋があるはずの大きさなのに、ベッド数が足りないと言い、一緒のベッドで眠る事となったのだ。
言わば国賓の立場にあるルークに対して、かなり無礼というか失礼な対応だが、ルークもあまり気にせず……というか、その事実に気付かずに素直にいう事を聞いていた。
小さい頃は兄のアッシュと同じベッドで寝ていたし、アッシュが駄目な日は使用人のガイが一緒に眠ってくれたから、二人寝には慣れていたが……ジェイドと一緒というのは別の話で。
頭の中でグルグルと映像がいったりきたりする。
ジェイドが自分を解剖した後に……そうだ自分の身体を好き勝手に……って、え、ちょ、よく考えたら、そういう事って好きな人同士でやる事だよな、自分の意識はなくなってたけど、ジェイド、あの時、確かにうめいてたし、あれって、つまり最後までしてたわけで、そういえば排泄器官を使っていたけれど、人間の身体にも当然排泄器官があるわけで……。
悶々と考えると自然と顔が赤くなって動悸が早くなる。
見られたくない、気付かれたくない一心で布団をかぶっていると、ジェイドが明かりを消して横たわる気配がした。
「……そんなに緊張しなくとも、取って食うわけじゃありませんし、リラックスして下さい」
眠れなくなりますよ、とクスリと笑う気配がした。
どうやらガチガチに緊張しているルークに気付いてしまったらしい。
それでも顔を上げられなくて、寝た振りをしようとしていると、そろりとジェイドの足がルークの足に絡みついてきた。
「あぁ、思った以上に足が冷えてますねぇ。陸の人間は足が冷えると眠れないんですよ」
そう言ってスリスリと足を絡ませられると、くすぐったいのと恥ずかしいので、ガバッと上半身だけジェイドを振り返る。
すると意外に近くにジェイドの顔があって、ニッコリとしているジェイドが暗闇の中でも見えた。
「じぇ、ジェイド!」
「はい」
「近い」
「おや、そうですか?」
あまりにも普通すぎるジェイドに何だか肩の力が抜けてしまう。
潔く全身をジェイドに向けて、ぐぃっとジェイドの肩を後ろに押してやると、ジェイドは狭いんですからくっついて下さいと、ジェイドよりも一回り小さいルークを抱き締めた。
「足はともかく、身体は温かいですねぇ。やっぱり子どもは違う」
「うぅ。馬鹿にすんな」
「馬鹿になんてしてませんよ。心地よいです」
ぎゅうっとされると、まんざらでもなく嬉しくなってくるもので。ルークもジェイドの腕の中でゴソゴソと安定する場所を探して落ち着く。
「きょ、今日だけだからな。明日には部屋、自分で掃除したりして準備するからっ」
「はいはい」
「あ、あと、その、ジェイドの事は好きだけど、そのっ……」
「大丈夫ですよ。私は我慢出来る大人なので。ルークの準備が整う迄は何もしません」
ルークの背中をなだめる様に撫でながらジェイドは続けた。
「だから安心して眠って下さい」
ジェイドの言葉が暗示の様に鼓膜に響いて、ルークはウトウトとしてくる。
小さい声で、変な事するなよ、と言うと、無意識なのかジェイドの身体にすりよってきて、穏やかに呼吸し始める。
「安心して下さい」
子どもの吐息を胸元で感じながらジェイドは呟いた。
「私は、我慢出来る大人なんです」
それはルークに向けたものか、ジェイド自身に向けたものか。
それともピオニーに向けたものか。
知る者はいない。