『親離れ、子離れ 前編』


朝の光が、ホテルのカフェを照らしていた。昼間の日差しとは違って温かい包み込むような柔らかい光が窓から差して、テーブルに着いて朝のコーヒーを楽しんでいたガイの体を温めた。
使用人仕込の朝の習慣のせいか、日が昇ると自然に目が覚めて二度寝が出来ない。ついでに言うと朝の支度もさっさと済んでしまうために暇である。屋敷に仕えていた頃はルークの世話でまず寝汚いルークを起こす為の対策を練る時間として使われていたり、ヴァンへの報告の準備だったり、朝の鍛錬の時間にしたりしていたのだが、旅に出てからはどれも中途半端な時間であり、昼間の行動状況からも、朝の余った時間は優雅にゆっくりと過ごしたほうが良いと割り切ってガイは少し早い時間から一人の時間を楽しむようになっていた。
深くソファに腰掛けて、ボーっと窓の外を見る。今日はルークとは別室だったから本当にやる事もなくて、暇と言っては暇を持て余していた。世界が危険だとかヴァンの行動だとか本当に別次元のようなそんな空間。

「〜いいってば!」

そんな空間をぶち壊すような声。苛立っているように荒げた声は聞きなれているおぼっちゃまのもの。そして、その後に冷静に言い放つのはからかう様な何を考えているのか分からない軍人のもの。昨晩はこの二人が同室だったのだ。この二人の組み合わせは怖くて昨晩も自分がルークと同室になろうと言い出したのだが、意外な事にルークから「たまにはガイも一人でゆっくり休めよ」と言ったから、ゆっくりさせてもらったのだが……。
この様子ではまた喧嘩でもしたのかもしれない。

「ルーク、もうちょっとちゃんと考えなさい。あなた一人の問題ではないのですよ」

二人はガイの座っていた席からちょっと離れた所に座った。遠慮なんてしなくともいいのに。とも思ったが、こんな朝(まだ朝露だって光っている)からルークが起き出して来るのも信じられない話であるので黙っている。もしかしたらジェイドの機嫌を損ねた何かのお仕置きの一環であるかもしれないし、こちらに座っているのに気付いていないのかもしれない。だから、あんな手前に座ったのかもしれない。
コーヒーを取って一口すする。ともあれゆっくりとした時間の続きを楽しもうと窓の外を見ようとする……と。

「なんだっつーの!」

馬鹿でかい声がそれを邪魔する。こういう所は髪を切ってしばらく経つがおぼっちゃまだと思う。公共の場で大きな声を出して。
それを言おうとルーク達の方を振り返るとジェイドによって口を塞がれているルークがいた。口を手で塞がれている。こちらからは見えないが笑顔でおどしているに違いない。ルークの顔が赤く染まっているのが気になるが、ジェイドに何かをぼそぼそと言われると、その手を外されて小声でまた喋り始める。
これで静かになるだろう。というか、こうやってルークの子守をしているジェイドを見ていると昨晩の苦労が見て取れるようだった。きっと後で嫌味を沢山言われるんだろうなぁと軽く現実逃避に走ってしまう。
目が明日だか明後日だか魔界だか創生時代なのか分からない世界に行く。あぁそういえばホドのみんなは元気だろうか。
いかんいかんと壁の時計を見る。時間もいい感じにすぎてきたから部屋に戻って荷物をまとめようと立ち上がる。これ以上この場にいてルークの恥とジェイドの嫌味の元を作るわけにもいかない。今回はルークがくれた休みである。時間の許す限りはゆっくりしたい。目線だけでウェイトレスを呼んで会計を済ませる。
コソコソと何か話しているルークとジェイドの脇を通って「おはよう」とだけ声をかけて通り過ぎるはずだった。
それで終わるはずだったのだ。

「やぁ、二人ともおは……」

その二人のテーブルで見たもの……それは何かをジェイドに言われて顔を赤らめているルーク。先ほども顔を赤らめていたが、どうにも様子がおかしいような気がする。
ジェイドだけは澄ました顔で「おはよう御座います、ガイ」と言ってくれたが、ルークだけは下を向いたまま赤くなって動かない。
風邪だろうか?

「おい、ルークどうした?」
「いえいえ。大丈夫ですよ、ちょっと照れているだけです」

眼鏡の奥の目を笑わせてジェイドが言う。
えと…。

「なんで?」

当然のような疑問にジェイドが笑顔のまま言う。

「まぁー結婚したての娘みたいな状態だと思ってくださいv」

または新婚の娘さんですよ、と言うジェイドの微笑みに何かを感じつつその正体が分からない。なんだろう。

「ルーク、顔を上げて。ガイに挨拶しなさい」

ジェイドがいるのにこんなに和やかな雰囲気が流れるのが珍しい。ましてこの3人の取り合わせだというのに。なんなのだろうか。
すると声をかけられたルークが何故か服の襟を合わせながら頬を染めたままで顔を上げた。そして小さな声で「おはよう」と言う。ちょっと擦れているような気もして「風邪か?」と聞くがルークはびくりとしてまた下を向いてしまった。

「ルーク?」

覗き込むと顔をそらすルーク。どうしたのか。
考えているとジェイドが言う。

「出発は一日延長しましょうか。ルークもこの通りですし」

頼んだ朝食が届いたらしく、ウェイトレスが二人のテーブルに料理を並べていく。ジェイドは届いた料理には手をつけずにまずはコーヒーをすすった。
なにが、どうして「この通り」なのかは分からないが、やっぱりルークは風邪でも引いたのだろうかと思って、もう一度「熱でもあるのか?」と額に触れようとする。
と、ルークがまたびくりと体を震わせる。触って欲しくないとでも言うような拒絶の態度に見えて、ショックを受ける。が、表面には出さないようにする。

「照れてるって旦那は言ってたけど、どういう意味だ?それとルークの体調がどう関係あるんだ?」

疑問を一つ。投げる。
ルークは下を向いて顔を背けたまま。
代わりにジェイドが答えた。

「まぁまぁ。今の所は勘弁してくださいませんか?ルークもお腹は減っているでしょう?しっかり食べないと調子戻りませんよ」

小さな声で「うん」と言うルーク。どうして自分には返事をしないでジェイドには返事をするのだろうか。これも疑問であって。
でも、これ以上聞いてもきっとルークは答えてくれないような気がした。だから、「そうか」と言ってジェイドを見た。
食えない表情で、「いただきます」と朝食に手をつけはじめるジェイド。いつもの様にきっちりと軍服を身に付けている彼に変わった所は無い。むしろ変なのはルーク。
しかもどうして出発延期なのだろうか。

「旦那、出発延期というのは?」
「ルークの体調も良くないみたいなので、今日はゆっくりさせます。セフィロト降下に彼の万が一があっては作戦も終わりませんからね。ルーク食事を取りなさい」

ジェイドに言われてのろのろと食事に手をつけ始める。あごをかったるそうに動かして、パンも小さくちぎって口に入れる。いつもの食べ方といってはそうなのだが……。違和感がある。

「ルーク、大丈夫なのか?」
「う、うん」
「ルーク」

ジェイドの言葉にルークの体が跳ねる。そのまま食事を続けるルーク。ちらりともこちらを見ようとしないルークに声をかけようにもジェイドの目が光っていて何かを言えばジェイドが答えるような、そんな気がする。

「……よく分からないけど、今日は出発しないんだな?じゃぁみんなにも伝えておくから」
「えぇ、お願いします」

数々の言葉にひっかかりを感じつつ、ガイは「じゃぁな」とその場を去った。



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