写ブログで書いた日蝕姫シリーズ。
まだまだ続いています……。


古来より人々に恵みを与え続けた太陽。
燦々と大地を照らし、夜には疲れた体を癒す為に海の向こうへと沈むのだと信じられていた。
代わりに夜に柔らかい明かりを灯す月と共に空を支配するシンボルであった。
しかし時として太陽も月も隠れてしまう、世界から灯火が消える日が存在した。その日を『禁忌の空』とし、魔物が表れるという恐ろしい伝承が生まれた。
そこで、人々は呪い師に意見を求めると、神に加護を求めよと。供物を捧げ祈ればいいと。
太陽が隠れる日には『日蝕姫』を、月が隠れる日には『月蝕姫』を高貴な家の者から輩出すれば、暗き日々に加護が得られるのだという、盲目の占い師が告げた。
そうして若き命が暗き闇の中に捧げられた。

生け贄になる者は闇に包まれる日に合わせて儀式を行う。
7日前より禊を行い、外部の人間とも一切の関わりを断つ。食物は精進料理のみを取り、体中の穢れをなくすのだ。
その死への道を歩む前に与えられる自由の時間は同様に7日間。
榊の葉を編み込んだ冠をかぶせられ、白い着物に身を包む。
暴れないように、逃げ出さないようにと手と足には枷をはめられ、扉は厳重な警備で守られた。
そうしてこの日もまた、少女が一人選ばれた。
緋色の髪に翡翠の瞳。招くは災いか双子の兄は真紅の髪に深緑。兄を『月蝕姫』、妹を『日蝕姫』と捧げる事となったファブレ家は深い悲しみに包まれていた。
いつの間にか定まったのか、月蝕姫とは月を女性とし清らかな青年を指し、日蝕姫は太陽を男性とし汚れなき少女を指した。
何十年振りの太陽と月が同時に消える凶年。ファブレ家に双子の男女がいる事は周知の事実だった。
すぐさまに拘束し、儀式を行う事となる。


「俺達は永遠を生きる事になる」
「兄さま、私達は朝と夜になるのでしょうか?」
「いいや、そんなのはまやかしだ。俺達が贄にされたとしても世界は何も変わらない」
「じゃぁ私達は何の為に……」
「人々の為だ」
冷たい褥の上で交わされた言葉は少なく、重ねられた手の平は涙で濡れた。
兄を呼ぶ少女の唇は震え、か細い吐息で精一杯呼吸をする。少女を呼ぶ兄は眉間に皺を寄せて唇を一文字に締めた。
互いの命運を慰め、残りわずかに迫った命の最後の日々を過ごす。
最初は抵抗したものの、大人の力には敵わない。儀式はもう間もなくだった。
1日目に右足を落とす。
2日目に左足を落とす。
3日目に右腕を落とす。
4日目に左腕を落とす。
5日目に右目を取る。
6日目に左目を取る。
7日に全てを並べた中で祈祷師による祈りの中で首を落とし、その血を浸した布を持った者が災いを避けられるという。
日蝕姫の儀式は太陽の昇る朝焼けに。
月蝕姫の儀式は月の昇る夕焼けに。
まずは少女の儀式をし、それから青年の儀式をやる事は決まっていた。
青年はギリと唇を噛む。双子である少女は今の今まで男女の双子など不吉であると隠蔽されていた存在なのに、この期に及んで世間の目に触れさせ未だ見たことの無い世界の為に犠牲になるのかと。
少女は翡翠の瞳を閉じた。
「兄さま、ルークは兄さまが健やかに生きていける世界になるのなら喜んで死にます」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。お前が死なないからと言って、俺も死ぬ事は変わらない」
「ならルークは、どうしたら?」
そこから回答は何も浮かばない。
泣くもんかと引き締めていた唇の端を涙が流れ落ちた。
「おや、おや。これはこれは失礼します」
突如部屋の外から声がした。まるでタイミングを計ったかのような登場に人を食ったような飄々とした口調。
「烏……か」
「えぇアッシュ様。私、本日付で日蝕姫『ルーク様』の世話役となりました」
「慣例では女には女の世話役が付くはずだ」
「さて。私はただ祈祷師長・ピオニーの命に従っただけなので」
何も知らないと首を振った。
それがお告げだと言われれば逆らえない世界だ。
青年の眉間の皺が深くなった。
「今日から儀式までの向こう7日間、私が身の回りの世話をさせて頂きます、ルーク様」
「え」
少女の目線に合わせてジェイドと名乗った青年はしゃがんだ。
それが、少女とジェイドの出会い。


「晴れてる、ジェイド!」
つかの間の自由を与えられるとルークはジェイドを伴って外へ出た。普段から外出を禁じられている身。その太陽は何よりも眩しく感じた。
「えぇ、今日は温かいですね」
ジェイドは目を細めて空を見上げる。
ルークの衣服の裾がヒラヒラと目の前に舞う。7日間の自由。首を落とされる前の自由だ。
少女は笑いながら走り回った。
「もっと遠くには色んなものがあるんだろうな」
山を指差し、ルークは呟く。
生まれてこの方、遠出した事は無い。贄となると決まってからは余計に固く禁じられた外出。何度か脱走を企てては座敷牢に入れられたとジェイドは聞いていた。
「行きますか?近場でしたら馬車に乗って行けますよ」
「ううん」
少女は首を横に振った。外の景色はいらないのだろうかと思ったが、そうではないらしい。好奇心に溢れた瞳はキラキラと太陽の照りを受けて輝いている。
「兄さんと一緒に見れない世界なんて、楽しくない」
兄であるアッシュと共に出掛けたいとルークは笑いながらジェイドに告げた。
少女の傍にいたのは兄である。
自分は、ただの側仕え。
「兄さん、何してるかな」
月蝕と日食に分かれ二人が次に会えるのは互いに胴体が離れた時だ。
「祈り過ごしていると聞いてますよ」
首を切るなんて、誰が利益を得るのだろうか。
ジェイドの目の前の少女は、明日も変わらない笑顔を浮かべていた。


遠い空の下、どこまでも広がる自由になるのだ。ルークは自分の布団にくるまると、頭まですっぽりと闇に包まれ、震える体を抱き締めた。
怖い。
怖い。
あと何日だろうか。もう兄に会えないとは知っている。
分かれた日に交わした抱擁は、温かく、あんなに強く大きく感じていた兄も震えていた。
祭壇に首を並べるのだと、大人達が言っているのを聞いた時は、まさか自分だとは思わなかった。双子が不吉だから、自分は外に出てはいけないと聞いていたのに、突然、決められた範囲に限り外出が認められた。
そして……食事の内容から生活からガラリと変わった。
「兄さん……兄さんっ」
怖かった。それまで自分に与えられていたものは全て消え、たった7日間で消える宿命を負わされた。
「う……あ」
今日が終わった。
あと6日。6日後には体の一部が落とされていく。
震える体を抱き締めた。
「うぅ……」
怖い、怖いと、嗚咽が漏れる。喉の奥も痛い、目の奥も痛い、ジンジンとした疼きは痛みとなって細部を悩ます。
「……大丈夫ですか、ルーク」
ふと、その暗闇が払われた。
「え?」
歪んだ視界を持ち上げると、そこには世話役のジェイドが蝋燭の明かりを持って、ルークを覗き込んでいた。
「なん、で?」
「戸締まりを確認してましたら、聞こえてきたので……白湯でもお持ちしますか?」
「いい。放っておいて」
めくられた毛布をガバリと奪い返すと、膝立ちしていたジェイドが危ないと蝋燭に気をとられてルークの手を回避する。
また、ルークの回りに暗闇が広がる。
「意地っ張りですねぇ」
「ジェイドは昼間の世話役だろ!夜に構うな!」
「そうは言われましても、いたいけな少女が震え泣く姿を見過ごせませんよ」
するり、と、布団の中に何か入ってきた。
「ひうっ」
その冷気に体がびくりと震えた。


何だと被った布団を避けて振り返れば、蝋燭を持ってこちらを覗き込んでいたハズの男がルークの布団の中へよいしょと入っきていた。
「……ぁ!」
「お静かに。みな、眠っている時間です」
もっともらしい事を告げたジェイドは、すっかり布団に入ると先ほどまで震えていたルークの体を抱き締める。
「大分、冷えてますねぇ」
他人に抱き締められる、という経験が初めてのルークは、硬直したまま動けなくなってしまった。
何故、どうして彼が自分を背後から抱き締めているのだろう、いやいや、それよりも贄となる決まった身。
純潔が絶対条件であり、ルークも一番最初に、祈祷師である女性に調べられた。
男と共に夜を過ごしてはいけないと、言われている。
何故、世話役にジェイドが就いたかというと、信頼があり、間違いがないからだと長が太鼓判を押したからだ。
その男が、何故、自分に。
「お前……こんな事していいと思ってるのか」
「何も男女の営みをするわけではありませんし、明日一日を体調不良で臥せっては勿体無いじゃないですか」