写ブログで書いたミニSS新婚シリーズ。
時間軸がバラバラです。
チクタクと針の音がする。
冷たい床、閉じきったカーテン。
火の消えた空間。
「ひくっうぅ」
誰もいない部屋の中で一人で喉をひゅうひゅう言わせながら必死で呼吸する。
冷えていた水枕はぬるま湯になり、身体は熱いのに恐ろしく寒い。
体温計はベッドの下に落ちてから拾う気も無く、ただ現実と夢を繰り返していた。
「ルーク、ルーク!大丈夫ですか!?」
何度目かの目覚めでジェイドが現れた。
夢かと思って、精一杯笑って、馬鹿じゃねーの、おせーよと言ってやる。するとジェイドは謝りながら床に落ちていた物を拾い、そして窓際に寄りカーテンを開けた。
夕陽が眩しくて目をギュッと閉じた。
オレンジの世界で、赤い瞳が歪む。
本当に、寂しかったんだからな。
不意に言い知れない気持ちが胸に込み上げた。
相談しようにも迷惑じゃないのかと思うと言い出せずに日々が過ぎていく。
なんて言えばいいんだろう。
「どうしました、変な顔をして」
久し振りに二人で取れた夕食の後にそのまま晩酌をしていると、突然ジェイドが切り出してきた。
ジェイドのグラスに残っているワインが揺れて、ルークのグラスに注がれたフルーツのリキュールは大げさに波打った。
とりあえずと一口リキュールを含み、喉を熱く通る液体をゆっくり飲み込む。ジェイドも一口飲み、そのまま気まずい沈黙が流れた。
「その、なんか最近変で」
「何がですか?」
その沈黙を嫌って、ルークは悩みのタネ明かしをした。
「ジェイドが傍にいないと落ち着かないってーか。予定が分かってないとモヤモヤするってーか……なんだろ……んー……今はそんな気分じゃないんだけど。たまーになるんだ」
何だろな。
チーズを乗せてクラッカーをつまみ上げ口に運んだルークの表情はちっとも分からないと疑問ばかり。
しかしそのルークの言葉にジェイドは最初は呆気に取られていたものの、徐々に唇の端を上げていく。
「あぁ、簡単な答えがありますよ」
「本当か!?」
ジェイドがルークに想いを打ち明けてから、随分と長くかかった返事だなと思いながら。
あの時は明確な言葉はくれなかった。あやふやなままだった。
それが、今、ようやくはっきりとしたのだ。
「それはですね」
一度意識したら、それからやたらと落ち着かない。
今まで何て事なかった全てが、一々ルークの意識に引っかかり、ルークをかきみだす原因となる。
「……!」
今だってそうだ。
こんなに目の前にいるのが恥ずかしい、だなんて。
何故、どうして。触れただけで全身に電流が走ったように大袈裟に反応してしまう。
「……そんなに警戒されても困りますが」
そう苦笑するジェイドにルークは頬を染めて、また何も言えなくなってしまう。
「わっ!」
「あ、済みません」
ガチャン!
しまったと思った時にはグラスがひっくり返っていた。かすかに手が触れただけだというのに大袈裟に反応してしまい、触れた場所を振り払ってしまった。
幸い、まだ何も注がれていなかった為にテーブルの上は汚れずに済んだものの、ジェイドが盛大なため息をつく。
「ルーク」
「ひっ!な、なに?」
怖い、見つめないで欲しい。
怒られるかな、呆れられるかな、ルークはズボンの裾をギュッと握って目をつぶった。
ジェイドがゆっくりと近寄ってくる気配がする。その吐息が、近い。
怖くて顔も上げられずにルークはジェイドをただ待った。
最近、本当に緊張しすぎて失敗ばかりしているから、いよいよ見放される時が来たんじゃないかと思う。
「ルーク」
もう一度。
今度は至近距離……というか頭上から聞こえた声は優しい。
「可愛いらしいですね、全く」
犯罪ですよと、ジェイドはルークの頭を撫でた。
その意外な行動にルークは恐る恐る目を開けてジェイドを見た。紅い目は柔和にほころんでおり、冷たいイメージの視線は慈しむような温かさがある。
「じぇ、ど?」
「ふふ。あんまり可愛い事ばかりしてると食べちゃいますよ」
するりとジェイドの腕がルークの腰に回った。
キュッと抱き締められると身体が密着する。肌と肌の温かさが互いに溶け合って交じる。
「ジェイド、その……」
「いいから黙ってルーク」
何かに急かされるように触れた唇は電撃のように甘い痺れが走った。
不思議と落ち着いて考えてみたら、あまりにも馬鹿らしい事に気付いた。
今までは触れ合ったって、どうって事は無かったのに今さら何が変わったというのか。
変わったとすれば自分。
自分が変わったのだ。ジェイドに抱き締められると嬉しい。近くにいないと不安になる。
ジェイドが言った言葉は的確すぎてルークはボロリと涙が出た。
「ひっうっ……じぇーど」
自室で読書をしているジェイドの元へ行く。
涙は止まらずに流れ続けるが、それでも、この想いを伝えないと気持ちが急いてしまう。
「ルーク?どうしました?」
開いた扉から現れたルークにジェイドは目を見開く。そして椅子から立ち上がるとハンカチを持ってルークの傍へ来て、その涙を拭いてやる。
「じぇーど、じぇーど」
「はい、何ですか?」
「うぅどうしよ、うっ、ひっ」
涙が大粒になる。
ルークの声がだんだんと掠れる。
ジェイドはどうしものかとハンカチで涙を拭いてやっていた手を止めてルークの震える背中を撫でた。
しゃっくりを殺しながらルークがジェイドの胸に顔をうずめる。熱い吐息がジェイドの胸に服越しに当たる。
「どうしよう、ジェイドが好きだ」
泣きながら子どもが言った。
「じぇーどが好きで、好きで、どうしよう、俺。どうしたら良いか分からないんだ」
ぎゅうとルークの手がジェイドの衣服を掴んだ。
何に怯えているのかカタカタと震えた手をジェイドの大きな手が包み込む。
「えぇ、えぇ、ルーク。分かりました。私もあなたが好きですよ」
「本当か?」
「ふふ、最初に告白したのは私じゃないですか」
手を握りあって、互いに見つめあって、笑った。
とんだ茶番劇のような、子どもみたいな会話に、安心した。
いきなり距離の取り方が分からなくなったらしい。
ルークはそわそわとしながらジェイドを見ては違う場所に視線を移し、またジェイドを見る。
傍にいたいのか、ベッドに腰掛けたジェイドを隣りのベッドの上に体育座りで眺めていた。
声をかける訳でもなく、ただ見つめている。
「どうかしました?」
気になって尋ねてもルークは首を振る。
「なんでもない」
そわそわ。
そうして見つめ続ける。