写ブログで書いたミニSS新婚シリーズ。
時間軸がバラバラです。


「気持ち悪い」
フラフラとおぼつかない足取りでトイレと居間を行き来するルーク。
それを視線の端で見ながらジェイドはハラハラしていた。
腹を出しているからか。
頭が悪いからか。
恐らく具合が悪いのはどちらかのせいだ。
ジェイドのルークに対する微妙なおつむが、これまた微妙な回答を弾き出した。
「ルーク、大丈夫ですか?」
書き物の手を止めて、ジェイドは正面からルークを見た。ようやく、だが。
なんせ彼の部屋と部屋の往復を悠に10回は見守っていたからだ。
「んー。やばいー。吐きそうでー」
語尾が伸びている。
青い顔に冷めた唇の色、座っているよりマシなのかうろうろと歩き回る姿はまるで幽霊か亡霊か。この世にいるのが不思議な存在だ。
「こちらいらっしゃい、歩き回っても仕方ありませんし。薬あげますよ」
「やー薬はいらぬぇーのー」
うっ!
そう口を抑えて走り出すルーク。それまでのダラダラ歩きが嘘のような機敏な動きに目を見張るが、そうとも言っていられない。
苦しそうな声が聞こえた。
「やれやれ」
愛しい子に水とタオルを用意するためにジェイドは立ち上がった。


寒い寒いと騒ぐから、ジェイドは自分のマフラーをルークに巻いてやった。
すると、鼻の先を真っ赤にしたルークは、すんすんと鼻を鳴らしながらマフラーに顔を埋めて、そして、ニパッと笑う。
「幸せ!」
「そうですか」
ジェイドは意外にスースーする首を照れ隠しのように、すくめる。
そしてルークは更にこう続けたのだ。
「ジェイドに抱きしめてもらってるみたいだ」
珍しくジェイドの唇の端が震える様子が見れたとか。


そういえば、と朝食に出たジェイド手製の甘めのスクランブルエッグを口に運びながら目の前でコーヒーを飲んでいるジェイドへ疑問を投げ掛けた。
「お前、いっつも俺より早起きだけどさ。何時に起きてんだ?」
朝食は交代制で作ろうと約束したはずなのに、いつの間にかジェイドが朝食で夕食がルークの役割になっている不思議さ。
因みに弁当は二人で作る事が多い。
「そうですねー。あなたとあまり変わりませんよ。起床時間が30分ほど早いだけです」
「へー……って30分!?」
あまり代わり映えしない時間にルークは目を丸くした。
喉につまりかかったバターと蜂蜜のかかったトーストをオレンジジュースで流し込み、呼吸を整える。
「たった30分で朝の準備が終わんのか?」
そうなのだ。ルークが目を覚まし台所に行くともう朝食を済ませれば出掛けられる状態のジェイドがいる。
ビシッと軍服を来て、朝は邪魔なのかゆるく髪を結んでニコニコ笑っているのだ。
以前に一度、低血圧だと聞いた事があるが、それはどこ吹く風か彼が朝寝坊するという事が無い。
流石に翌日が休みだったりすると前日に遊びすぎて昼まで寝ているが、そういう日は決まってルークが立ち上がれないものだから、ジェイドの生命の謎は深まるばかりだ。
「まぁこれでも軍人さんですし。それなりに訓練しましたので」
「訓練て、朝起きるのに練習いるのかよ」
「後は同じ生活パターンを長く繰り返す事が大切です。そうすれば身体が自然に覚えます」
ご馳走様でした、とジェイドは自分の皿を流しに置いた。ルークも慌てて最後まで取っていたミニトマトを口に入れて流しに一緒に置かせて貰う。
そしてジェイドが泡をたっぷり付けたスポンジで汚れた皿を洗う。
その横でルークは水切りに置かれた洗い終わった食器を拭いて棚へと戻す。
「けどなんで30分で準備が終わるんだ……」
「こう言いませんか?時間が無い時ほどテキパキ動ける、とね」
そう言うジェイドは、何故か楽しそうに笑っていた。


仕事を終えて一足先に帰宅する。
会食に呼ばれたりしない限りはルークの方が早く仕事が終わるが、それでも夕飯の買い出しをしつつ家路に着けば結構な時間だ。
暗い玄関に明かりを灯し、郵便物を確かめる。
ダイニングのテーブルに荷物を置いて、まずはヤカンに水を入れてコンロへ。そういえば冷凍したベーコンがあったかなと取り出して常温解凍。
まだ沸かないヤカンに注意しつつ洗濯物を確認して畳んで種類別にソファの上に置くと、ピーと心地よい笛の音がして、火を止めてポットへ移した。
そこから買った食材をトレーに乗せたり冷蔵庫に仕舞って、その他の仕事に使った荷物は自分の部屋へ運ぶ。
部屋からダイニングへの帰り道で風呂を洗って湯を張り、エプロンを付けて台所に立つ。
鍋を取り出し、まな板と食材。
時計を見ると後1時間もすればジェイドの帰宅時間だ。
いそいそと料理開始。
自然と鼻歌が漏れるのが不思議だ。
今日も疲れたぁ一日終わったなーと塩味確認。
明日は休みだから何をしようかなと考えながら壁のカレンダーを見ればルークが休みの日のマーク『L休』とジェイドが休みの日のマーク『J休』が並んで書いてあり、花丸が付いていた。
ルークが書いたわけではない。
恐らくジェイドだ。
たまに微妙な子どもらしさを発揮するジェイドは思い付きもしない事をしだすのだ。
例えば、この花丸だ。
良く見れば小さなハートまでついている。
それに苦笑して鍋をかき回す。火を弱めて、ブレットをトースターに。テーブルを拭いてランチマットを整えた。 時計を見た、その時。
「ただいま、ルーク」
温かい、声。


どうしても許せない事はある。
自分のギリギリラインというか、何をされても大抵許せるが、こればっかりは絶対に嫌だというものだ。
生理的嫌悪まで抱く。
「じぇーど!石鹸に泡付いたら流せって言ってるだろ!?」
「あなたこそ、石鹸に髪の毛が付いていたら取って下さいとお願いしていたでしょう?」
どうでも良いと思われるだろうが二人は必死だ。
「なんで髪の毛付いてる位いいじゃねーか!それより泡だよ、泡!なんで落とさねぇんだ!」
「たかが泡じゃありませんか!髪の毛が付いている方が問題です」
使用した後にシャワーで流せば泡も髪の毛も付かないものだが、どうしても互いに譲れないものらしい。
いがみ合っていれば無情にも時計の針が進む。
二人の選んだ結論は固形石鹸ではなく泡の出るタイプの液体石鹸だった。


「やっべー!ジェイド起きろ!」
「んー。ルーク、お早うのきっすー……」
「寝惚けてんじゃぬぇ!朝だっつの!」
誰が止めたのか犯人は明らかだ。
温かな腕の中、まどろんでいる訳にいかない。
「寝坊だ!」