『言葉の差』
ルークが悩んでる。
7年間の付き合いでも、たった半年に満たない付き合いでも、彼は分かりやすい。
言葉数が減ってたまに遠くを見て、ため息をついて、上の空で、思い出したようにジェイドを見つめる様子は「恋する乙女」改め「恋する少年」そのものであった。
しかし、本人らは隠そうとしているのか仲間に公表していないが傍目から見ても二人は両思いであり、むしろ出来上がった年の差つんでれカップルを温かく見守っていようという結論に全員一致で結びついていた。
つまり、二人は出来上がっているので恋沙汰関係で悩む事はありえなかった。
それでも放心状態のルークを放っておけないのが元使用人の名残であり性格でもあった。
「どうした、ルーク。最近ぼけーっとして」
「え?あ、ガイか……」
余程思考が飛んでいるのかガイが近付いたのさえ気付かなかったようだ。戦闘続きで良く生き残ったものだと感心できる程。
「なんつーかさ」
自分の中で隠しておけないのか丁度良いと思ったのかルークのほうから話してくれる。
「言葉の差って何だと思う?」
「は?」
いきなりハイグレードな質問に面食らう。一体どうしたというのか。
「何だ、本でも読んだのか?分からない言葉があったとか?」
言葉を言葉と思わないで話している節のあるルークから、言葉について尋ねられるとは思っていなかった為に充分な理解が出来ないまま返事をしてしまう。
「ちげーよ、あんとー」
頭をガシガシと乱暴に掻き毟る。
「例えばさ、『嫌い』と『大嫌い』ってあんじゃん」
照れたようにそっぽを向くルークを視線で追いかけながらガイはふんふんと頷く。
「そりゃ、度合いの問題で使い分けるわなぁ」
「だろ?」
一瞬、ルークの視線がジェイドをちらりと見てガイの方へ向き直る。
その眼差しは真剣だが、頬が赤く染まっている為にどうしてもからかいたい欲求にかられる。
「でさ、『好き』と『愛してる』の差って何だと思う?」
「は?」
ルークはとても真剣な目をしていた。
しかしガイの頭の中は一瞬真っ白になった。
なんとなく閃きで分かった。
ジェイドの言葉使いと自分の言葉の違いについて悩んでいたのだろう。だが、そんな言葉遊びの様な、しかし恋人同士のコミュニケーションにとっては重要な単語が、この少年から出てくるとは思わなかった。
「俺、さ。どうしても言えなくて…」
誰にとも、前者・後者どちらをとも、聞くだけ野暮だった。
長年の付き合いで、そして最近の態度だけで分かる。
ジェイドに愛してる、と言えないらしい。
ルークがさらに赤くなって、下を向いてしまう。
「はぁ」
考えて考えた末に元使用人の言葉は何とも間抜けなものだった。
というか、立ち入るだけ無駄というか。ご馳走様というか。
ルークはガイの言葉を待っているらしく押し黙ってしまう。
「ルークは言いたいのか?ソレ」
言葉を慎重に選んでキィワードを避けつつ聞いてみる。
ルークが赤くなって頷く。
「なら、言えばいいんじゃないか?そのー相手にさ」
視線が宙を彷徨う。さっきから背後に突き刺した挙句に一回転させて引き抜かれる槍に様な視線を痛いほど感じている。
気にしてんじゃねーよ、おっさん。
言葉を飲み込む。
「言えたら!……言えたら苦労しねーよ」
だんだんとルークの声が小さくなる。
赤い顔で半ば目を潤ませて、ガイを見るルーク。
やれやれと肩をすくめた。
声をかけたもののただのお節介だったのかもしれない。あの男は楽しんでルークを手の平で遊ばせていた最中らしい。背中に刺さっている視線が「余計な事はするな」と語っている。
「思い切って言ってみればいいんじゃねーの?どうせなら当たって砕けろよ」
慰めるようにルークの肩をポンポンと叩く。ルークはキョトンとするとむっと顔を歪ませる。
「砕けたら意味ねぇよ」
ルークが立ち上がって尻についた埃を払う。顔はむすっとしているが何か掴めてすっきりしたらしい。
ガイに手を差し出し立ち上がらせてくれる。
「ありがとな、ガイ」
照れているのか視線を合わせてくれない。背後から視線で背中をめった刺しにしていた人物の気配が近付いてくる。
これは嫌味の一つや二つでは済まないかも……。
ガイの「どういたしまして」の表情は脂汗と共に流れていった。