『指』
冷たい、冷たい雨が降る中に、汚れた朱色がゴロリと転がっていた。汚れた衣服にびしょ濡れの身体。泥と汚水で汚れた存在が何故か酷くジェイドの心を揺らした。
丁度、苛々していたのだ。
鬱憤を晴らせれば何でも良かった。元々汚いのだ、これ以上汚れてもあまり変わらないのだろうと、値踏みするようにジロジロとジェイドは朱色を見た。生きていても死んでいても変わらない。日々のストレス解消になればと、試しに、それを蹴った。
「うっ」
軍服の鉛仕込みの爪先で蹴ると、それは苦しそうにうめき声を上げた。
まだ少年だろう、少しだけ高いハスキーボイスが路地に響いた。
「あぁ生きていましたか」
ニヤリと、久し振りに自分が笑ったのを感じた。
さしていた傘からしたたり落ちる雨水が朱色にびちょびちょとかかる。微動だにしなかった朱色は細かく震えながら顔を上げてジェイドを見た。
その目を見た瞬間に言いようもない高揚感。
輝きを失わない、2つの翡翠がジェイドを見上げていた。
「あっ!あぁっ……ひぅっ」
腰を揺らせば、本来は何も受け付けないはずの蕾が赤く花開き、ジェイドに合わせて内側の皮膚がめくり上がった。濡れない場所に最低限の湿り気しか帯びないジェイド自身を侵入させるのは容易では無かったが、壊れても良い拾い物である。躊躇うことなく、その場所を無理矢理開かせた。
限界を迎えた皮膚が裂けて血液が垂れるが、それが丁度良い潤滑油になり滑りよう注挿出来る。リズミカルに揺れ、繋がる向こう側で朱色の髪を持つ少年が荒い吐息を吐き出す。時折良い場所に当たるのか、甲高い声も聞こえる。
「ひっ、あ」
グリッ。
切っ先が奥を突くと、ジェイドの太さに慣れた内壁がきつく締まった。熱くうねる壁はジェイドが先を目指せば徐々に道を開く。男は初めてだったが、この締め付けは悪くないと、言葉もなく腰を揺らした。
肌がぶつかり、汗が散る。
粘着質な音が部屋に響き、背中から突いていたジェイドは少年の身体を持ち上げ、自分の上に座らせて激しく揺らした。
「いっあっあっ深い……んっ」
重くぶつかる音。
不安なのか少年の腕がジェイドの首に回った。よりきつく締まる蕾が熱でジェイドを追い詰めた。
深く挿し込み、中を回すと少年の持ち上がった幼いものが絶頂を迎え甲高い悲鳴と共に精を吐き出した。
痛い位のそれはジェイドをも包み込みその中に精を誘った。
喉を鳴らして中へと出せば、うつろな目の少年が唇から切ない吐息をこぼす。
汗で濡れた肌とぐしゃぐしゃになったシーツ。頭の中が一気に現実に戻った。
ずるりと自身を抜いて、快楽の余韻に震える少年を寝かせた。開いた蕾から白い液体を滴らせ、荒い呼吸を繰り返す少年を見ていると、また身体に熱が湧いてきた。これは元々汚いのだ。どんなに汚してもこれ以上汚れる事は無いと、頭の中で囁く。
「くわえなさい」
少年へとようやく呼び掛けた。
少年の枕元へと移動し、少し立ち上がりかけのそれを差し出した。嫌だと顔をそむけ、震える唇に少年の腸液とジェイドの精液によって濡れた自身を当てた。顔を歪めた少年の口の中へ無理矢理捩じ込む。
「んっむう」
抵抗しようにも力が入らないのだろう少年のアゴはジェイドを受け入れて揺らされるままに頭を律動させた。苦しそうに眉間に皺を寄せる表情がそそられた。あふれた少年の唾液がポタポタと地面に落ちて、二人の間を汚す。
時折、少年の歯がジェイドの裏筋をかすった。その刺激に再び熱が頭を上げて体積を増した。
「んっふっ……んっ」
苦しさに頬を染めて、唾液を垂らす姿は何よりも征服欲を満足させた。
涙を流す少年に唇を湿らせた。
「受け取りなさい」
限界が近付き、ジェイドは一気に腰を引くと、その細く続く喉の奥を目指して深く突き刺した。
「……!」
ぐり。
細い喉が一種ジェイド自身の形を浮き彫りにし、続いて苦しそうなうめき声に、少年の体の痙攣。
熱を吐き出す自身を少年の喉から引き上げて、ジェイドはやがて苦しそうに目を閉じたまま動かない少年を見た。
唇から白濁を流しながら、浅く呼吸を繰り返す青白く染まった姿。朱色の髪は様々な液体にまみれ、長い情事を物語っていた。
部屋の隅には無理矢理脱がせた衣服が散乱し、路地裏では気付かなかったが所々破けた少年の服は、なるほど上等なものではなく、どこからか身一つで逃げてきたような粗末なものだった。
欲望の熱が冷めた体が、ようやく意識を取り戻す。まずは部屋を片付けようか。
何かいらない布は無いかと、自然に手を伸ばしたのは少年の服。
新しいものを着せれば問題ないだろうと床に飛び散った精液やら何やらを拭き取り、丸めてゴミ箱に投げた。そして意識を失ったままの少年を抱き上げた。意識の無い体のはずなのに意外に軽い。
浴室へ運び、弛緩した体を湯の張っていないバスタブへ寝かせた。熱いお湯に泡立てたスポンジを使えば、汚れていた少年はすっかり綺麗になる。酷使させた蕾の中もかきだしてやり、風呂上がりには軟膏を塗ってやった。
どうしてそこまでやってやるのかは分からない。しかし、まるでそれが当たり前の事のようにジェイドは綺麗にしなければと思ったのだ。部屋を汚したら片付けるのと同じ。拾ったのだ。綺麗にしてやろうと思った。
あれだけ汚れていた少年は、清潔なシーツに包まれて寝かせた。
そこから奇妙な同居生活が始まった。
仕事が終わるとジェイドは帰宅する。そして少年を手酷く抱いては失神するまで、その行為をやめなかった。
最初こそ驚いていた少年もやがては無抵抗に、しかしジェイドに命令された事に対して忠実に行為を遂行した。
「食事をきちんと取りなさい」
ジェイドは少年の腹に乗せて腰を揺らしながら少年の目を見て告げた。
少年がびくりと震え、上手く緩めていた腰を余計にきつく締め上げる。
「あっな、んで……」
「私が用意していっている食材が全然減らないからです」
お返しだと腰をぐるりと回して、わざと少年の弱い所を擦った。
息を詰めた少年が涙を流す。
「ふぁ……」
「私の手元にある内に死ぬ事は許しません。食べなさい」
体が弱っているのかと初めはゼリーなどを用意した。鍋に自分用も兼ねてポトフも作った。なのに一向に減らない。指折り数えて3日目。少年の体は拾った時よりも不健康に痩せほそっていた。
「だって……んっ」
「なんです?」
「一人は、いやだ」
急速に体の熱が冷めるのを感じた。
快楽の悲鳴を上げる少年が鼻をすすりながら、泣いていたのだ。
ずるりと腰を持ち上げさせてジェイドは自身を抜いた。抜いた感触に甘い声を上げる少年を、身を起こしてマジマジと見つめた。汚れていた少年は、あの路地裏にいた時と同じ澄んだ瞳をしていた。
汚れなき双眼。
汚れたベッドから立ち上がり、少年の手を引いて寝室を出て廊下を歩き浴室へ放り込んだ。
「なっ」
「綺麗にしなさい。ダイニングで待っています」
言うが早いかジェイドは踵を返して、まずは部屋を片付けて、身支度を整えて台所へ向かった。冷蔵庫から作りおきしておいた食材を温め直す。風味の落ちたポトフを軽く味付けし直し、パンをトースターで焼いた。
時計の針はジェイドの帰宅からそんなに経っていない事を示している。ここ数日は夕食なんて少年を抱き潰してから食べていたから、こんなに早い時間なのは久し振りだった。
温めたミルクをカップに注ぎ、自分にはコーヒーを用意する。そしてテーブルについて彼を待った。
「あ、の」
恐らく初めて人のいるダイニングへやって来たのだろう。
おずおずと扉の影から顔を覗かせた少年がジェイドに話しかけた。
「こちらに来て、テーブルに着きなさい」
一目してから料理の並んだテーブルを指差すと少年の目が開かれた。
「え……」
ジェイドの大きいシャツだけを見にまとった少年は気の抜けた言葉を漏らして、テーブルとジェイドを見比べる。ジェイドが静かに待っていると、一つ大きく息を吸い込み吐き出してテーブルに向かった。
「あの」
「昨日のものですが、味は悪くなっていないですから」
何か言おうとした少年の前に温かく湯気を立てるポトフを差し出し、ジェイド自身はパンを千切った。パンを口元に運び勝手に食事を始めるジェイドを見て、自分の目の前にある食事を見て、困ったように首をかしげた。
もう一度、ジェイドは少年に向かって言った。
「食べなさい」
やがて恐る恐るスプーンを手に取り、カチャリと音を立てながら食事に手をつける少年。小さく口を動かしながら懸命に食べる少年を観察した。
「ミルクも飲みなさい」
「……ミルクは嫌いだ」
「なら、ココアにして飲みなさい」
一向に手を付けようとしないミルクを指摘すれば少年は露骨に眉をしかめた。棚からココアの粉末を取り出し、目の前に置いてやれば黙って受け取り、真っ白のミルクに黒い粉を入れていく。
朱の髪。翡翠の瞳、整った容姿はとても一般家庭の出では無いと知れる。だが、あの路地は、はっきり言って浮浪者の溜まり場であり、この少年もそういうものなのではと思ったのだ。
少年は渋々とココアになったミルクに口を付けて喉を鳴らしながら飲む。
「そういえば、あなた名前は?」
食事を進めながらジェイドは少年に尋ねた。
「……」
「な・ま・え。あなたの名前を尋ねているんですよ。私はジェイドと言います」
モグモグと咀嚼していたアゴが止まり、少年はうつ向いた。それを見てピンとくる。家出か。
「何も通報するわけじゃありません。私があなたを連れて来て、あなたにした事の方が重罪ですからね」
悪びれもなく告げてやると少年は顔を上げた。そして気まずそうに視線を動かしてから小さな声で「ルーク」と呟くようにして言った。
「そう、ルークというのですか。良い名前ですね」
自然とジェイドの口元が上がった。
「ルーク、明日からもきちんと食事をしなさい。夕食には私も付き合いますから」
3日目にして少年の唇から初めて安堵の息が漏れた。
7日目にして屋敷中が綺麗になっていた。
埃の泳いでいた床は雑巾がかけられて、曇っていたガラスが磨かれている事に気付いた。月に一度はハウススクリーナーを入れていたが、丁度そろそろという頃合いにルークを拾ってきた為にそのままにしていたのだった。
何やら家の中が綺麗になるのは自然と頬がほころぶもので、彼が昼間に細々と動いているのかと思うと余計に微笑ましい。
「んっんっ……や、あぁ!」
小刻みに揺れる足の指先がピンと張ると、ビュルッと快楽の証を放った。ジェイドをくわえたままの腰の奥は不規則に律動し、ジェイドの全てを誘い込もうとする。
毎夜続けられる享楽に変化が現れたのは5日目。ルークが少しずつ自分から動くようになったのだ。ジェイドの動きに合わせて快楽を高めようとする動きが艶かしく、順応の高さに舌を巻いた。
ルークが気絶するまで抱く事は止め、互いに向かい合って眠る頃、夢に落ちるまでポソリポソリと会話をした。
ジェイドの故郷の話。
ルークの……家の話。
それは二人の中に何かを灯して、何かを麻痺させた。
何かとは何なのか、それさえも分からない寝室で二人だけの夢を共有した。
「若いなら、もう一線いきますか?」
「も、い……の」
シーツを握る手が震えていた。まだ達した時の快感が全身に残っているらしいルークがジェイドの腰の回していた足をほどいた。音を立てて、糸を引いて抜けるジェイド自身をルークの目が追う。
「何です?」
「俺もジェイド位になったら、そんくらいになるかな」
「……想像したくありませんね」
可愛いサイズが丁度良いですよと、露骨にジェイドがルークを見るとルークは顔を真っ赤にして足を閉じた。
「立てます?シャワーは?」
「もうちょっとしたら」
乱れたシーツの上でルークは寝返りを打った。
「そうですか」
ジェイドもそのまま、ルークの側で静かに時を過ごした。
10日目の夜。
背筋に悪寒が走った。
彼は屋敷から消えていたのだ。
新しい衣服は与えていない。ルークに拒否された。
何か変わった事は無かったかと思うが特に変化したものは無い。
ただ、寝室が荒らされていた。
それ以外は何も変わっていないのに、寝室だけがシーツは破かれ、枕は千切れ、ルークの朱色の髪が散らばっている。
「な、ぜ」
拾った少年が消えていた。
14日目は、たまたま休日だった。少年の消えた屋敷で一人で気ままに過ごせば良いはずだった。
そういえば、二人で買い物にでも行こうかと話していた日にでルークは楽しみにしていた。
だから余計に塞ぎ込んでしまう。
そうだ、食事を……と思うが、そのままにしてある青と赤のマグカップに気が引けて外食にする。
潮風が、恨めしい。
あの路地裏が見たくない。
いつもの店の、いつものカウンター席に着いて、いつものメニューを注文した。
味気のない日々に口の中が砂を噛んだように気持ちが悪い。
何がこうさせているのかとイライラして、ジェイドはコップの水を飲み干した。
「なぁ、元気でやってた?」
突然、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「俺は元気だったよ。あっと、そのままで聞いて。振り返ったらダメだ」
背中にこそばゆい熱を感じた。誰かの頭が押し付けられたのだと分かる。喉がカラカラになり、上手く声が出せない。かすれた音がひゅうひゅうと鳴るばかりだ。
「楽しかったよ、本当。感謝してる。ジェイドも楽しかったろ?」
振り返ればそこにある人肌に手を伸ばしたいのに肝心な時に緊張した体は微動だにしない。軍属だと聞いて呆れた。
「……ずっと続けばいいとか思ったけどさ、無理だし。これが最後だ。俺だと思って、バイバイな」
バチン。
何かがぶち切れる音がした。
聞き覚えのある音。
それは……。
トン、カラン。
先ほど飲み干したグラスに肌色と鮮血。
「っへへ」
照れたような笑い声の後に背中の人肌はゆっくりと離れた。
「ナイス、シュート、俺」
ルークの小指が残り少ない血を流しながらコップの中に入っていた。