『誕生日祝い』


不機嫌な顔で、香りの良い紅茶を口に含むルーク。
それを眺める、にやけた皇帝。
優雅な午後の中庭。

「なーに拗ねてんだ。美人が台無しだぞルーク」
「陛下こそ、あんまりニヤケてると信用失いますよ、俺の」

ピシャリ!と楽し気だった空気もルークの一言で沈んだ。
ホコホコと湯気を立てるティーカップに出来立てのスコーンが楽しいお茶会から事務的な会合の場へと変わったような。
不機嫌さに磨きのかかったルークを珍しく思いつつピオニーはルークに身を乗りだしてみる事にした。原因は分かっている。

「俺の信用なんざ安いもんだ。悪い男だからな。それよりもルーク、お前さんの不機嫌な理由、当ててみようか?」

その瞬間、ピクリとルークの眉が上がった。どうやら不機嫌であるのは自覚しているみたいだった。
音を立ててルークの持っていた茶器が置かれる。

「俺の態度が悪いなら謝ります」
「そういう事じゃねぇって。何だかんだでストレス溜まるだろうし、ここで色々と発散してもらった方が、俺が嬉しい」

なら、と口を開いてルークの険しい目付きが更に厳しくなった。

「ほっといて下さい」
「や、だ」
「なら宿に帰ります」
「お前らの取った宿ならキャンセルしといた。今日は宮殿に泊まれっ」

ふふんっとピオニーがストレートティを口に運んだ。
蜂蜜を練り込んだスコーンに生クリームを付け、それをルークの口元へと運ぶ。

「ジェイド、だろ」
「!」

ツンッ。口の入り口をクリームの角で突つくと、初めは固く結んでいた唇がゆっくりと開いた。
少し卑猥な想像をしつつも決して顔には出さずにルークがゆっくり咀嚼して飲み込むまで見届ける。
口の中に広がる甘い香りにルークは強張った頬がゆるんだ。

「今日、あいつの誕生日だもんな」

砂糖たっぷり、これはストレートティというよりもシュガーティと言った方が良いんじゃないかと思う香り良い琥珀色の液体でスコーンを飲み込むルークに、今度はチョコチップがたっぷり入ったココア生地のスコーンを一口大にして、生クリームを付けて口元へ運んでやった。

「あいつさ、もう年だから自分の誕生日なんて忘れてんじゃね?狐につつかれてると思って諦めた方がいいと思う……」
「誕生日だけじゃないんです」

餌付けが楽しくて、今度はスタンダードなノーマルのスコーンに木苺のジャムと生クリームを付けてルークの口へ運ぼうとすると……ルークがピオニーの言葉を遮った。
初め、ルークが何を言ったのか聞き取れずにピオニーはスコーンを持った手を下げる。
次は何の味がくるのかと期待していたルークはピオニーの手が問いに答えない限り動かないのを察すると、表情を歪ませた。

「記念日、大事にしようって言ってたんです。ハロウィンとか色々計画を二人で練ってたのに」

ホワンっと湯気が一つ消える。

「でも、アイツ忙しいから仕事入っちゃって……今度もそう、仕事だからって」

ルークは気付いているのだろうか。
その透明な涙が目尻に溢れ、今にもこぼれそうになっている事を。
違う、記念日が大事なんじゃない、二人で一緒に何かをやるのが大切なんだとルークはうつ向いて呟く。
ピオニーはため息を漏らした。

「それ、ジェイドに伝えたのか?」
「いいえ。だってワガママじゃないですか。仕事より俺を選べ、なんて」
「時と場合によっては、あの男には我儘にならんさ。なぁ知ってたか?あいつは去るもの来るもの追わず拒まずだったんだぞ?」

ピオニーは一際大きく胸を張ると、びしっとルークに人差し指を突き付けた。
これは肝心な事だと、一呼吸置いてから告げる。

「つまりだ。アイツは今まで特定の誰かと一緒になった事が無いんだ」

うつ向いたまま聞いていたルークは、のろのろと顔を上げるとピオニーの差した指先を見つめた。
そして段々と視線をあげればやがてピオニーの自慢気な表情が目に入る。
ルークと目が合えばピオニーはにやりと笑う。

「アイツは頭は良いが、ソッチはてんで経験が無い。だからな、落ち込むなルーク。お前が言えば、アイツも気付く」
「言うって……何を?」
「『寂しい』だ」

少年のようにピオニーが微笑み、その突き出し指先がルークの顎に触り、ツツツ……と顔を上げさせる。

「寂しい……」
「そう。それで十分だルーク。それでも伝わらない時は、そうだな……俺に乗り換えないか」
「へーいーかー。こちらにいましたか」

ピオニーの瞳に剣呑とした灯火が宿った瞬間に背筋に冷たいオーラを感じた。それは長年の付き合いからいっても、この話題の流れにしても、とある人物しか指さないわけで。

「よ、よぉ。元気してたから相棒」
「何、馬鹿言ってんですか。殺しますよ、穀潰しが。早くその手をルークから離しなさい」

ピオニーがルークの顎に触れていた手を離した。その手はもう少しでルークの唇に触れるかどうかの所まで移動していて、端から見れば、まるで恋人同士がキスする直前のようにも見える。

「大臣が寂しがっておりましたよ、陛下っ!さぁ楽しい公務のお時間です」
「俺はファブレ子爵が悩んでいらっしゃるから相談をだなぁ!」
「はーいはい。私が名代を務めさせて頂きますので、陛下は是非溜まっている書類処理をお願いします」

パチンッと指を鳴らせばピオニーの仕事部屋へと通じる扉から鬼のオーラをまとうフリングスとガイの姿が現れた。

「陛下、お探ししましたよ」
「あああアスラン!」
「さぁ、とっとと今日の分をこなしましょうね」
「ガイラルディアまで……!」
両脇にガードを固められてピオニーは恨めしい声を上げ、ズルズル引きずられながら退出していった。
そして残ったのは。

「じぇ、ジェイド」
「ルーク」

なんとなく気まずい思いからルークがジェイドの名前を呼べば、ジェイドはルークの名前を呼んだ。
しまった目が合わせられないとルークはテーブルの上に並んだままのティータイムセットを見る。
カツカツと足音がして、ルークのすぐ横で止まれば、今度は無駄に緊張して身体が固まった。

「ルーク、済みませんでした」
「な、何が?」
「今日は私の誕生日でしたね」

フワリと突然、ルークをジェイドの香りが包み込む。
ジェイドのサラサラな髪がルークの頬をくすぐる。

「う、うん」

我儘にはならないと言ったピオニーの言葉。しかし本当に我儘にならないのかを決めるのはジェイドだ。
言いたい。
言えない。
「……今日は二人で外食しましょうか。美味しいレストランでディナーを頂きましょう」
「え?」

あまりに唐突な提案がルークの耳に直接、息と共に吹き込まれた。
くすぐったさに身をよじるが、男がそれを良しとせずに、更にきつく抱き締められた。

「でも、仕事……」
「自分の誕生日位、ご褒美もらっても良いと思いますので」

頬がすり……とこすれた。
それはキスの合図で。
重ねた唇は甘いクリームの味がした。



END







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