『キス』
ジェイドとキスをするようになってから色々なキスを覚えた。
最初は母親が記憶の無かった自分に落とす額への頬への優しいキスだけが、触れるだけで温かくなる魔法のような行為だと思っていた。
唇が触れる瞬間に生まれる優しい気持ちが胸にほのかな安堵感を生む。
それは、きっと母親だけの魔法でガイだけの魔法で、眠りにつく瞬間だけの魔法だと思っていた。
「目を閉じなさい」
頬を撫でていた手がルークの瞼を優しく通りすぎる。
母親でもガイでも無い、無骨な、でも厳しさを感じさせない手。それは青いグローブに包まれているが指先は丁寧にルークをなぞった。命令口調だが、決して不快ではない言葉にルークは素直に瞳を閉じた。
瞼をなぞった手がルークの顎を持ち上げて上を向かせる。何をされるのか不安があったが、瞳を閉じる前に見た穏やかな赤は恐怖に脅える必要が無い事を物語っていた。
だからルークは待つだけだ。
「ルーク」
声がかけられた。
吐息がルークの唇に触れる。
緊張からヒクリと身体がこわばり、わずかに後ろに反ろうとするが、顎を押さえられているから動けずに止まった。
どうやら、そんなわずかな動きさえ伝わったのか吐息だけで笑う気配が伝わってくる。
「大丈夫ですから」
そう聞こえた瞬間、重なった。
思わず目を開けてしまうと赤がこちらを見ていた。
優しく微笑んだ赤を隠すように青い手が目を覆う。
「大丈夫ですよ」
唇が離れたかと思うと耳に流し込まれる低い声。
優しいキス。
いつまでも覚えていようと、ルークは再び瞼を閉じた。
そして、また重なる。
まるで鳥のように啄ばむキスは、くすぐったい。ルークは空いている手を回すとより深く重なる唇。
触れては離れる程度のキスが唇を押し付けあうように擦れた。どちらとなく差し出される舌。
甘い時間。
しびれるようなキス。
「可愛い顔しちゃって」
唇が離れると、ルークはゆっくりと目を開いた。
そこにはふふふと苦笑している男が眼鏡の位置を直しながら、かすかに頬を赤らめていた。
「な、なんだよ」
「いいえー。そんなに扇情的な顔をされても、今はこれ以上何もしません」
鏡でも持ってきましょうか?と言う男はルークの頬を両手でプニっと挟み込み、面白い顔ですーと遊んでいる。
さっきまでの甘い空気はどこへいったのだとルークがなんだよーと先ほどまでは口付けを受けていた唇を、まるでヒヨコのように立てた。ぴょっと突き出た唇を男は指先でぎゅっと掴んだ。
「んあにぃにゅるんにゃ」
「あっはっはははは。ぶっさいくですねールーク」
クニクニと動かされては喋ることもままならず、ルークは顔を真っ赤にして睨むことしかできない。
やがてしっかりとルークの間抜けな顔を堪能したのであろう男がルークの唇からようやく手を離した。
「ったく。なんなんだよ。いきなり」
「いえいえ。あなたがあんまりにも可愛らしい顔しているのがいけないんですよ」
これで機嫌直してくださいね。
そう言ってされた口付けもまた優しく。
ルークは瞳をゆっくりと閉じた。