『母の日』
前の話になる『父の日』はこちらになります。


「父親ですかー。いやはや、感慨深いものですねぇ」

ルークのつわりも段々と治まりつつあった旅の途中。
兎にも角にも安定期に入るまでは、とルークには厳重な装備(特に出しっぱなしの腹を隠させた)を無理矢理させて、出来る限り戦闘からは外し、何かしようものなら全力でパーティーの誰かが止めるといった図が出来上がっていた。
父親になる(予定の)ジェイドは時折遠い目をしながらブツブツと独り言を漏らし、ルークを見れば微笑み、仲間が見ているにも関わらずイチャイチャとジャレ合っていた。
母親になる(予定の)ルークは、これまた時折、自分の腹を撫でてはうっとりと微笑み、腹とジェイドを見比べては赤くなりうつ向いたかと思うとジェイドの傍まで走って行き、その軍服の裾を摘む。
いじらしいと言えば、いじらしいのだろう。しかし、何だろうか。
見ているこちらがイライラを越して呆れる場面である。

「ルーク、残してはいけません」
「でも俺ニンジン嫌い……」
「もう、あなた一人の身体では無いのです。分かりますか?私達の子どもと、私と、あなたの為なんです」
「ジェイド……」

いっそ旅を中断すればいいんじゃないんだろうか、いかんせん状況が許しはしない。誰もが馬鹿ップルとユリアを睨んだ。
こんな場面もあった。
ルークがドジを踏んで転んだ時である。

「ってー。あ〜あぁ。すりむいた……」
「る、ルーク!ティア!ファーストエイドを!ナタリア!リカバーを!」
「大丈夫だってジェイド、すりむいただけだし」
「いいえ、万が一があったら困ります!」

どこの世界に転んだだけでリカバーを頼む者がいるのだと一同は呆れる所か無視を決めこんだ。
比較的余裕のあった旅路であった為に夜にティアによる手当が施された時、ジェイドはルークの横で、これで無事に子どもが生まれてこなかったら恨んでやると文句を垂らしていた。
そんなこんなな旅路。
仲間は、はっきり言って疲れていた。
所構わずイチャイチャする二人、過剰なジェイドの愛情。ルークがつわりの為にクリームパフェ以外食べられなくなった時は仲間も3食全てがジェイド手製のクリームパフェとなった(すっかり肉の匂いがダメになったルークの前でチキンを 調理した際に、ジェイドが譜陣を描きながら「ルークを殺すつもりですか」と怒り狂った為)。
過酷な旅路の間、疲れも溜まるが、力を合わせて乗り越えるのも、また仲間である。
なのにその仲間6人中2人によりパーティー面子の精神は癒される所か悪化を辿っていた。
そんな遠回しな精神虐待を受けて限界も通り越し、虚ろな状態になっていた夜である。

「ジェ、ジェイド。なんか身体が熱い」

食事を取っていたルークが隣りに座っていたジェイドに苦しそうにもたれかかった。
いつもの事だろうと仲間が白い目で見つめる中、ジェイドはどこからか聴診器を取り出して、ルークの額に当てている。

「大丈夫ですか、ルーク」

お前が大丈夫じゃないとアニスの突っ込みも飛ばず、ティアがルークの苦しそうな様子にようやく重い腰を上げた。

「大丈夫?ルーク。どう熱いの?」
「わ、かんない。なんか内側から溢れるみたいな……」

ルークの顔色を見ても別段、赤くなったりはしていない。むしろ苦しそうな様子で、唇は青ざめている。

「ま、まさか産まれ……!」
「ルークは腹さえ膨らんで無いんだぞ、落ち着け旦那」

ガイがたき火で熱していたお湯をコップに注ぎ、タオルも持ってティアの横に並んだ。

「吐きそうなら吐いちまえ」
「んっんん。なんか、ちが、あ……!」

ルークがギュッと目を瞑った。
すると眩しい位の光がルークを覆った。

「ルーク!」

それは一瞬の事だったようで溢れる光はすぐに小さな塊になり、ルークとジェイドの前にフワフワと浮いていた。

「これは?」

ようやく冷静さを取り戻したジェイドが力が抜けたように、くたりとしているルークの肩を抱きしめながら、その目の前にある正体不明の光の塊を見た。
フワフワと浮く、それは、ゆっくりとルークとジェイドの前を飛び回った。

『沢山愛情ありがとう』

だから突然、頭の中に響くような声がした瞬間、一同は目を見張った。

「しゃ、喋りましたわ!」

ナタリアがそう言うまで、誰一人、この光の塊が喋ったとは思わなかっただろう。

『すごく嬉しかった、だからちゃんとここまで成長できたよ』

ほら見てと言わんばかりに光の塊は飛んだ。その動きからも嬉しさが伝わってくる。

『お母さんに負担いっぱいかけちゃった。でもね、大丈夫だよ』
「あなたは、もしや」
『お父さん、例えどんな事があってもお母さんを忘れないでね』
「私達の子ども……ですか?」

信じられないと言葉を漏らした。

『僕は産まれて来れて幸せだな。愛情も沢山もらったもの。だからお母さんにいつか恩返しするね』

光の塊は段々と小さくなっていく。
そして、一つ。

『産んでくれて有難うっお母さん、お父さん!』

ピュンっと光が弾けた。

「ミュミュッ!第7音素の塊が音譜帯に吸い込まれていくですの〜!」
「俺の、赤ちゃん……」

ようやく喋ったルークの瞳からは涙がこぼれていた。
力の入らないルークの伸ばされた手をジェイドはそっと握り締めて、光の消えた空間を見つめていた。



この不思議な話に誰もが結論を付けられなかった。
ルークのつわりはすっかり収まり、体調に不便も感じなくなっていた。
念のためベルケンドに立ち寄り、検査をしてみたが異常は見付からず。
ひと時の白昼夢だったかのようにそれ以降、何も起こらなかった。
ただ後日談として、しばらくは呆然状態であったルークの傍には控えめながらもいつも以上に傍にいるジェイドの姿があり、ルークが元気を取り戻してからは以前にも増してジェイドが盛んに夜のお仕事を挑む様子が伺えたという。



エンド!
なんだか不思議系の話に……
母の日ネタでしたー!







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