『コーヒー』
「にっげー!」
そう言ってルークはコップの中にあった黒い液体を睨んだ。
べろっと舌を出して口の中に広がったものが、どうにか消えないかとするが、中々消えるものじゃない。
「はっはっ、ルークは初めてだったか、コーヒー」
「ガイ〜にげぇよ、これ」
「はぁい、ルーク様っ!ミルクと砂糖でまろやかなカフェオレにしてあげますぅ」
周りが美味しそうに飲んでいるものだから、いつもは食後に紅茶を飲んでいたルークは初めてコーヒーを飲んだのだ。
屋敷にいた頃は母親の好みもあって必ず紅茶だった。水とジュースと紅茶、それがルークの水分を取る手段であり、不便した事は無かった。だから、これはほんの好奇心だったのだが。
「はぁいルーク様っアニスちゃんが美味しくしましたよ!」
「お、サンキュ、アニス」
「いやー見事なまでにベージュに染まりましたねぇ」
元の黒い色も大分染まり、焦茶から茶から通り過ぎて、肌の色に近い液体がルークの目の前に差し出された。
それを覗き込んだジェイドは面白そうに茶化す。
「どうせなら、そこにコーラとアイスもお入れしましょうか?」
「ば、馬鹿にすんな!」
ルークはジェイドを睨みながら、すっかり甘くなったコーヒーを口に含んだ。
「ん、アニス。美味い」
「きゃわ〜ん!アニスちゃん誉められて嬉しい〜!」
甘くて、でもどこか苦くて、その苦さがまるで目の前の軍人を連想させる味にルークは眉をしかめた。
しまった、と我ながら思った。
図書館で本を借りて喫茶店で読もうと入り、コーヒーを頼んだのは良かったが、何も言わなかったら、気を利かせた店員は砂糖とミルクを一つずつ置いていったのだ。
使わないし、どうしようかと思ったが、ジェイドはそのまま放置する事にして本を読み始めた。
久し振りに雑務もなく、リラックス出来る瞬間にささやかな幸せを感じながら読書にふけっていると、トントンと肩を叩かれた。
「?」
見上げると、そこには赤毛の子どもがいた。
「相席、いいか?」
「えぇどうぞ」
ストンと正面に腰を下ろし、ナンバーの書かれた札を通路側に置いた。どうやら注文は済ませてきたらしい。
「何、読んでたんだ?」
「星占いです☆」
「アホらし……」
「いえいえ、それが結構当たるんですよー、今日のルークのラッキーアイテムはですねぇ」
「お待ちどう様です。コーヒーお持ちしました」
ふざけ半分で、挿絵も一切入っていない細かい横文字の羅列の中をもっともらしく読み上げようとすると、自分の頼んだものが再びきた。
え?と顔を上げるとルークが有難うと受け取っていた。
どういう風の吹き回しかとルークを見る。
「な、なんだよ」
「あ。済みません。今日のラッキーアイテムはですね」
その視線が気になったのかルークが頬を染めてジェイドを見た。
いえと首を振りつつふざけたまま、続行しようと思った矢先。
「あ、ミルクと砂糖いらないなら貰っていい?」
やはり、ルークがコーヒーを頼んだのは事実らしい。
ジェイドが脇に避けていたミルクと砂糖を見つけたルークが聞いてきた。
「えぇ、構いませんが。ルーク、あなたコーヒーが苦手なのでは?」
「ん?や、今、修行中」
何がどうあって修行なのか謎だが、どうやらルークはコーヒーを飲めるように努力しているらしい。
ミルク2つに砂糖2つ。
以前、アニスが作ったカフェオレよりも大分色は濃い。苦みも残っているはずだ。
「別に無理しなくていいんですよ?」
「無理じゃねぇって」
ルークはその若干濃い色のコーヒーを一口飲むと、ニコリと笑った。甘くて美味しいと。
「貴族なら紅茶で十分でしょうに」
「ジェイドと、同じものが飲めるようになりたいって思ったから」
ぴょこんと、短くなった髪を跳ね上げさせて、ルークは言った。
あの時は髪が長かった時は意地だったけれど、今は違っているとルークは笑った。
ジェイドはそのまま。
ルークはミルク2つに砂糖2つ。
それは、二人で喫茶店に入る時の暗黙の了解。
END
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