『歌』
なんとなく、夕方の空を見上げていると、知らずと口ずさんでいた。
そんなに歌が上手な方ではなかったが、旋律をそらんじるだけの事は出来る。
頭の奥底から、歌詞を取り出して目を閉じて歌う。
ティアのように綺麗な声でも、ユリアの歌のような荘厳を帯びたものでもなったけれども、それは確かにルークの唇からもれる。
夕陽が山の向こうに消えようとする。そのオレンジ色に染まる空の中でルークの声は溶け込むかのように空に吸い込まれていく。
記憶が無かった、屋敷につれて帰ってこられた時に病弱な母と仕事で忙しい父の代わりをしていたガイは夕陽を見ながらよく口ずさんでいた歌だ。
歌詞の意味が分からないところもある。
それでも優しい旋律は幼いルークにもしっかりと伝わり、何度もねだって聞いては少しずつ覚えていった。
「……」
気の済むまで歌を続ける。
途中で歌詞を忘れてしまった所もあったが、それでも歌いきった。
すると拍手が聞こえる。
「お上手ですね」
背後から聞きなれた声。
軽い拍手をしながら、座っていたルークの隣に腰掛ける男をルークは視線を上げて見た。
「ジェイド」
「懐かしい童謡ですね。久しぶりに聞きました」
子どもの時以来ですよ、と肩をすくめるジェイドにルークは少々、居心地が悪くなった。
「下手くそだったろ」
「いいえ。温かい歌声でしたよ」
王宮行事や貴族の集まりなどで、よっぽど洗礼された演奏を聴いているだろうジェイドに褒められると皮肉に感じる。ルークも帝王教育の一端で、それなりに聴く機会はあったから自分の演奏がいかにつたないものか分かっている。
だけれども、どこか嬉しい。
「ホドの歌ですね」
「そうなのか?」
「えぇ、ガイに習ったんですか?」
「ん。ガキの頃にな」
ジェイドも知っている曲だったらしく、すぐに誰から教わったのか分かったらしい。
どうやら、世界でも有名な一曲らしい。
「3番でお姉さんがお嫁に行くんですよね」
しみじみとジェイドが言う。
「あ?う、うん。そうだな」
確かそういう歌詞だった気がする。
曖昧な部分だったから確信を持って言う事が出来ないのだが、ジェイドは気にせず続けた。
「小さい頃に陛下が、将来ネフリーをグランコクマに連れて帰る歌だ!と散々歌っていたものです」
「陛下らしいな」
「えぇ、本当に」
クスクスとお互いに殺しきれない笑い声が漏れた。不謹慎だけれども、そう言っていたピオニーがたやすく想像できておかしかった。
「俺はさ、屋敷の中庭で迷子になったんだよ。7歳の身体だし記憶も無いしさ。広くて、周りが真っ赤でさ。怖くて泣いてたんだ」
あの頃は見るもの全てが知らない事ばかりで新鮮であると同時に怖かった。
与えられる情報量が多すぎて頭がパンクしかかっていた。
「そしたらガイが中庭で泣いていた俺を見つけてくれた。真っ赤で怖いって言ったら、俺をおぶさってくれながら歌ってくれたんだ」
ガイはあの時も憎しみで見つめていたんだろうか、赤い世界に颯爽と現れたガイはルークにとっては絵本で見た正義の味方以上に救世主だった。笑顔で差し伸べてくれた手の温かさや広い背中はどれも悪意を感じるには程遠いものだ。
「素敵な思い出ですね」
「ジェイドもな」
どちらとなく手を重ねた。
太陽はもうわずか。背後に迫った青くも黒い世界が宝石をちりばめたような星空を運んでくる。
「ルーク」
「ジェイド」
この曲の思い出に、今この瞬間も刻まれるんだろう。
夕陽の中で、一つの曲を共有する自分達が。
この重ねた手の平だって嘘じゃない。くっつけた肩だって幻じゃない。
どんなに洗礼された演奏よりも、どんなに綺麗な曲よりも。
ルークの唇から最後のフレーズがもれた。
とまっているよ。竿の先。