『好み』
「で、これを着ろって言うんですか?」
呆れ声のルークの手にはなんと一着の洋服があった。
ヒラヒラしている。
素材は薄い。戦いに向かないのは見ただけで分かる。そして、間違いなく、もう一つ分かることがある。
それは、明らかに女性用であるということ。
「へーいーかー。お戯れもいい加減になさいませ」
ルークの隣で控えていたジェイドが目じりを吊り上げると、普段、詠唱するときに使っているような低い声でドス黒いオーラを出しながら、ルークにこの服を渡した張本人を見た。
その男は背後に美しい滝を流しながら、玉座に座っている。
「硬い事言うなよ、ジェイド。お前だって見てみたいだろ?」
「陛下と一緒に変態扱いしないで欲しいですね」
「またまたーどうせ見たら見たで興奮するくせに」
誰かこの頭のわいた皇帝を黙らせろと周囲を見回すものの、人払いは完璧で、謁見の間にいるのはジェイドとルークとピオニーとその恋人であるフリングスのみ。
誰かに苦情を押し付けるわけでもなく、押し付けられるわけでもない。
旅の途中でたまたま立ち寄ったのがいけなかったらしい。
前からルークの事を気に入っていたと言っていたピオニーが用意していたものは『セーラー服』と呼ばれる普通は水兵が着用する制服である。しかし、その一方、そのデザインの良さから女性用にカスタマイズされて一部流通しているのだ。
……風俗店などで。
本当はキムラスカ王国での教育機関でよく見るタイプの制服でもあるのだが、屋敷に閉じ込められていたルークが知るはずもなく、その手の中に収めた制服をマジマジと見ている。
「ルークさん、嫌なら断ったほうがいいんですよ?」
陛下の気紛れなんですから、とフリングスが控えめに告げたが、ルークは難しい顔のままその制服を見つめている。
「いーやーここはジェイドの性欲を満たす為にも一肌って言うか全部脱いでやってくれルーク」
「ピオニー。今すぐここで死ぬか?」
素の出ているジェイドが見れるのは相当珍しいが、それだけ怒っているのだろう。
ルークはどうしたらいいのかと悩んでしまう。
陛下の頼みならば出来るだけ聞いてあげたいものの、そのスカート丈は短い。下手をすると下着まで見えそうだ。
恥ずかしい、照れる、どうしたものか。心のどこかでジェイドや皆が喜んでくれるならと思っている自分もいる事は確かで、全く着る気がないというわけでもない。
取りあえず隣にいるジェイドの表情を窺おうと見ると、ジェイドもルークのほうを振り返り、ニッコリと笑う。
その意味が分からずに首を傾げるとジェイドはその表情のままでルークに告げた。
「ルーク。陛下に見せてあげる事はありません。もし私に見せるつもりなら、もっと別の素敵なものを贈らせていただきますので、そんな低俗で浅ましいものなど捨ててしまいなさい」
「低俗で浅ましいって、お前、前に寄ったパブで」
「パブ?」
「……!しまっ」
「陛下?」
明らかな失言にフリングスの表情が黒くなる。
ここからはもう夫婦喧嘩の始まりである。
それを見たジェイドはルークの背中にそっと腕を回すと、「出ますよ」とルークを促して謁見の間から出て行こうとする。
「え、いいのか? まだ着るかどうか陛下に言ってない」
「いいんですよ。どうせしばらく喧嘩してるでしょうし」
「……」
「それよりもセーラー服なんかよりもよっぽどあなたに似合う洋服をプレゼントして差し上げます」
だから行きましょうと肩を抱かれて引っ張られるようにして謁見の間を出て行ったルークだったが、その手からはセーラー服が落ちる事はなく、そのまま持ち帰ってしまったとか。
後日、しわくちゃになり、以前は液体であったであろうカピカピに干からびた何かが付着したセーラー服がピオニーに届きピオニーのご乱心事件があったのはまた別の話である。