「フリングス少将!」
「有難う御座いました、フリングス少将!」
笑顔で礼を言われ、それにフリングスも笑顔で答える。その手には今日渡された小さなプレゼントの箱が抱えきれ無い程になっていた。
これで、本日17個目のお返し。
「皆さん、律儀なんですね……」
大量のプレゼントを手に持っているというのに、フリングスの表情は冴えなかった。プレゼントを渡してくれた部下たちを笑顔で見送ってから思わずため息を漏らす。いや、元は自分が撒いた種なのだからしょうがないのだが。
元はと言えば、先月のバレンタイン。そういった行事に疎いわけではなかったのだが、この国の皇帝でフリングスが仕える相手であるピオニーに、バレンタインは本来一年間世話になった相手にプレゼントを渡す日なんだとその前日に教えられ、律儀なフリングスは思いつく限りの一年間世話になった相手に心ばかりの小さなプレゼントを用意して、当日あちこちに配り歩いたのだ。その数、実に30を超える。
それに慌てたのは、その嘘を彼に吹き込んだピオニーだった。普通に欲しいと言ったら絶対にフリングスからチョコレートはもらえないと考えた彼が思いついた苦肉の策だったのだが、それは思わぬ方向に流れていったことにその日はただ唖然としていた。まさか、そんな大人数に配るとは思わなかったのだ。誤算は、フリングスがピオニーが思っていた以上に律儀で素直な性格だったことと、それをやりこなせる給与が彼に与えられていたことだった。
一応計算どおりピオニーの手にもそのチョコレートは届いたのだが、30分の1など貰ったところでその価値はピオニーが望んだものには値しない。
そんな些細な嘘は勿論その後、その顛末に一通り爆笑したジェイドがフリングスにバラし、ピオニーはこっ酷く叱られてしまった。それも仕方ない。人好きされる性格であるフリングスからその小さなプレゼントを渡され、勘違いしてしまった人間も少なからず現れてしまったからだ。
そして未だそんな人物がいるのか、何人か頬を染めてお返しを渡してきた者もいた。女性数人、男性数人。
何とも気まずい思いをしながらお返しを受け取ったフリングスが恨むべきは、ピオニーただ一人だった。
もう少しきちんと怒っておけば良かったと一ヶ月前のことながら、思う。
「……予想はしていたが、これは凄いな」
ため息を再び吐きかけたいた時、ひょいっと顔を出したのは、その元凶だった。
「へ、陛下っ!」
「よぉ、アスラン。相変わらず可愛いな」
「またそのようなお戯れを……それより仕事はどうされたのですか!?」
自分が彼の部屋から出てきた時点で、今日中の仕事はまだ半分も終わっていなかった。所用を済ませたらすぐに帰るつもりだったのだが、17回も人に呼び止められ、こんなに時間を喰ってしまった。彼は見張っていないとこうしてすぐに仕事部屋から抜け出すから、目を離してはいけないと彼の幼馴染であるジェイドから助言を貰っていたというのに。
しかし、焦るフリングスに対してピオニーの方は余裕だった。フリングスの手に積み上げられたプレゼントの一つを取り上げ、その青いリボンを解く程度には。
「終わったから出てきたんだろーが。アスランが遅いから、心配で。お、これ中身はマシュマロか。もしかしてこれ全部菓子か?」
「勝手に開けないで下さい……」
「まぁまぁ。ほら、口開けろアスラン。あーん」
包装を破り、中の菓子を摘みあげて白く柔らかいそれを口元に突きつけてくる上司に、負けた。結局自分は彼には甘い。
大人しく口を開ければ、甘く柔らかいものが口の中に入ってくる。
「美味いか?」
「……甘いです」
正直に感想を口にすれば、ピオニーは笑みを深めた。
「部屋に戻ってお茶にでもするか。俺もお前に渡したいものがある」
「陛下が、私に?」
「そう。俺が、アスランに。覚悟しておけよ?俺の場合、お前と違って30人にあげるうちの1つとかじゃねーんだからな」
一瞬彼の言った意味がよく解からなかったが、抱えるプレゼントが止める間もなくピオニーの腕に渡り、おかげで空いた片手が彼の手に掴まれたとき、理解した。
「俺が今日プレゼントを返すのはお前だけだぞ、アスラン」
ピオニーはそれなりの美形な上に、皇帝だ。昔は女性関係が派手で、今でも女性に困ることは無い位好意を寄せられているはず。当然、バレンタインの時もそれこそ腕に抱えるどころか、部屋に入りきらないほどの贈り物が届けられていたはずだ。そしてそれを自分はこの目で見ている。大小様々な大きさのプレゼントが、彼の大きな部屋に足の踏み場もないほど積まれているところを。その中に、自分があげた小さなチョコレートは埋まってしまっていたのか、見当たらなかった。それに小さな胸の痛みを感じたのも覚えている。
自分の物こそ、それこそ数百分の一になってしまっていると思っていたのに。
手を引くピオニーの足は早く、フリングスの腕からはいくつかコロコロと包装された箱が落ちていったが、それを拾う暇は貰えなかった。例え、そんな暇を貰っても多分自分もしゃがむことは無かっただろう。
前を流れる金色の髪に、思わず魅入ってしまっていた。
「……あの、陛下」
一ヶ月前はあまりにも恥ずかしくて言えなかったことが一つある。彼のような人物にあんな小さいプレゼントを贈ってしまった事と、大量のプレゼントに圧倒されてしまった自分があの時は恥ずかしくて、ただ乾いた笑いをジェイドと共に漏らす事しか出来なかった。
でも、今なら。
自分の手を握るその手を握り返すと、優しい青い瞳が自分を捉える。至福の瞬間だった。
「……先月、私が貴方に贈ったものですが、陛下のものだけ僭越ながら私が作ったものだったのです。もしよろしければ、味の方の御感想を頂けないでしょうか?」
そんな、30以上も気持ちを分散させた1つを特別な相手に渡すと思っていたのだろうか。
青い目が徐々に大きくなっていく様が少し面白くて、フリングスは小首を傾げながら笑ってしまっていた。
「さーて、フリングス少将はどこにいるかな」
ガイは一人プレゼント片手に長い廊下を歩いていた。彼もまた、バレンタインの時にフリングスからチョコレートを貰い、そのお返しに向かっている一人だった。事の顛末はジェイドから聞いてはいるが、律儀な少将には律儀に返そうと思い、小さなプレゼントを片手に彼を探していた。
先ほど適当な人物に彼の居場所を聞いたところ、ピオニーと共に仕事をしていると言われた。所在も掴んだところで一路ピオニーの部屋へと向かっていた、そんな時だ。
「うぉおおおぉ!アスラン可愛いぃいいぃい!!」
廊下の曲がり角の向こうから聞き覚えのある大絶叫が聞こえてきたのは。
その声の持ち主が誰かはもう解かりきった事だったが、思わず頬をひく付かせてしまうのは止める事が出来なかった。いや、しかし仮にも彼は一国の主だ。こんな王宮の片隅でそんな心の叫びで留めておいて欲しい事を叫ぶわけが、叫ぶわけが……。
「現実逃避と出歯亀はいけませんねぇ、ガイ」
背後から冷気とどことなくねちっこい美声が聞こえ、ガイは思わず背を揺らしていた。
「ジェイド!お前、どこから!てか、こんなところで何して」
「出歯亀です」
一応仲間である青年は満面の笑みではっきりとそう答えてくれる。むしろ聞かなきゃ良かったと思わせるほど清々しい返事だった。
「そうか……相変わらずの変態眼鏡だな」
「お褒めに預かり光栄ですね。確かに今日も私の眼鏡は光り輝いていますよ」
「最悪だ」
キラリと眼鏡の端を光らせた相手にガイは一歩後退する。一定以上近付いて欲しくない相手というのは本当に存在するものだ。
しかし、今はジェイドに警戒している場合ではない。
「フリングス少将をお探しですか?」
ガイの手の中にある小さなプレゼントを見つけ、ジェイドは眼鏡を上げる。相変わらずそういう察しは良いんだな、と感心しつつ頷いた。
「ああ。でもどうやら出直した方が良さそうだ。お前も邪魔するなよ」
ピオニーがフリングスに好意を寄せていることは周知の事実で、それに気付けていないのは当の本人だけだ。あまりにも奥手な二人の恋愛に、陛下と少将を見守り隊なんて同盟が裏で出来ているほど。しかし、今はどうやら良い雰囲気のようで、滅多にないその空気をぶち壊しに行ったらきっと自分は皇帝のくせに身体能力は高いあのピオニーに本気で殴られる。それ以前に皇帝を敵に回したくは無い。
しかし、ジェイドの意見はまた違った。
「実は、先月のバレンタインの一件は私が陛下に助言したことでしてね」
「え?」
「流石に責任を感じたので、今回あのフリングス少将が貰ったプレゼントの中に1つ面白いものを紛れ込ませているのですよ」
「……面白いもの?」
物凄く嫌な予感がしたが、思わず聞いてしまった。そんなガイにジェイドはにっこりと笑い
「マシュマロの中に、媚薬を」
「俺は何も聞いていないぞ……!!」
「あれ?聞こえませんでしたか?だから、マシュマロの中に媚薬を……」
その一言にガイは血の気が下がる。確かに、ピオニーも怖いが、フリングスも恐ろしいのだ。人が良すぎて怒った顔をあまり見ていない所為か、その怒り方が予想出来ず、正直怖い。少将となる人物なのだから、それなりに強いのは当然なわけで。
「まぁ、過去の事を思い返せば私のこの程度の悪戯は可愛いものですよ」
眼鏡を上げながら、ジェイドはピオニーとの美しい過去を振り返った。復讐の余韻に浸っている眼鏡は矢張り光り輝いている。
「うぉおおおおこの人でなし!!」
「だから、うまくいけば面白いものが見れると貴方を誘おうと思ったのですが……嫌なら仕方ありません、ルークでも誘いましょうか」
ルークの名前を出されては、ガイも耳を塞いでいた手を離すしかない。
「この鬼畜眼鏡!!うちの子に何観せる気だ……!」
丁度、ルークもフリングスを探して来ていることを知っているジェイドの一人勝ちだった。
「あ!ガイ!ジェイド!フリングス少将どこにいるか知ってるかー?」
廊下の向こうから赤毛の少年が駆けて来るのを見て、ガイはその場に崩れ落ちるしかない。
すみません、陛下、フリングス少将。俺にはこの眼鏡をカチ割る力がありません。
「いやですねぇ。私は応援している傍らちょっと楽しんでいるだけですよ。じゃないとバカップル観察なんてやっていられませんからねぇ」
悪魔の乾いた笑いが聞こえ始めた遠くで、ピオニーの珍しく焦った声が聞こえる。そして、ルークの怪訝そうな声も。
ああ、もう。
「……あの、俺……帰って良いですか?」
ジェイドの共犯にされる前に、この国から逃亡したかった。
END
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