『白い、恋人の、日』
ジェイドの頬は緩みっ放しだった。
今日は何と言ってもホワイトデーなのだ。
ホワイトデー。
ホワイトデー。
その言葉を頭の中に浮かべるだけで楽しくて仕方がない。
「おい、アスラン。そこの馬鹿をどうにかしてくれ」
「そ、そう言われましても」
「これじゃ軍議にならんだろう」
ニヤニヤ。
ジェイドの普段見れない薄い微笑(と言う名のうすら笑い)は他の将軍にダメージを与えているだけではなく、軍の会議自体へも影響を及ぼしていた。
「カーティス大佐!軍議中ですぞ。慎みなされ」
ゼーゼマンが代表を代わりジェイドに注意するものの。
「嫌ですねぇ。この顔は生まれつきです」
眼鏡の奥底からの笑顔に皇帝勅命の休暇が言い渡された。
「まぁ、こんなもんなのかな」
ルークは最後の部屋である寝室の扉を開けると、一言呟いた。
正直、一般の広さの基準が分からないが、以前ダアトで見たアニスの両親にあてがわれていた部屋よりは広いし、調度品も揃っているから最低水準は満たしているのだろう。
一人で寝るには大きいベッドが部屋の中心にあるのは自分の寝室と変わらないなと苦笑が漏れた。
その柔らかそうなベッドに近寄ると、一気にベッドにダイブした。
「わっ」
普段は安い宿の硬いベッドだったから柔らかいベッドは本当に久し振りだった。
久し振りの柔らかいベッドを堪能するように、グリグリと顔を枕に押しつけると、かすかにだがジェイドの愛用の香水の香りがした。
好きな香り。
それを胸一杯に吸い込み、ルークは枕に抱きついた。
すると、枕の下に違和感。
「ん?なんだ?」
固く四角ばった手触りに疑問を覚えて枕の下に手を入れると、そこには一冊の本があった。
枕をどけてマジマジと見ると、表紙には水着にしては線の細い、本当に一部しか隠れないような布をまとったスタイルの良い女性が魅惑的に微笑み足を大きく開いている写真がデデーンと載っていた。
見た事はある。
昔、ガイの部屋で遊んだ時に見つけたやつにそっくりだ。
そして今では意味も分かる。
ここはジェイドの寝室で、枕の下にあるという事は使われた本なのかもしれない。
やっぱり自分は男だしな、女性のような肉体も持っていないし抱き心地の良い身体をしているわけでもない。
「使ったの、かな」
興味を引かれるままに、その本のページをめくった。
パラパラ。
そこには中途半端に服を脱いだ女性がしなやかな身体をくねらせて秘部に指を差し込んでいる写真や、悩ましげな表情をした女性の前と後ろには男性が肌と肌を密着させている写真などがあった。
修正は一切入っていない。
繋がった場所もテラテラと液体のついたソコも丸見え。
ルークは初めて見る女性の身体に真っ赤になって慌てて本を閉じた。
生々しい。
ジェイドと何度も身体を重ねた事はあるが写真で見ると全然違った。特に、男女のものになると。
意識してしまう。
ジェイドはこれを使って一人の夜を慰めていたのだろうか。この屋敷には旅に出てから滅多に帰らないと言っていたから旅に出る前だろう。
この本がここに残ってるというのは一度でも使ったという証拠なのかもしれない。
これから先、円満な恋人関係が続くとも思えない。
ルークは再びページをめくった。
「……うぅ」
リアルに最中のものから、いやらしいポーズをとったものや、明らかな幼女まで。メイドから和服まで薄い雑誌なのにジャンルは広い。
我慢してページをめくっていると『女性必見!男の弱いポーズ』という項目が目に入る。
上目使いだの四つん這いなど、そういえば過去に何度か経験のあるものが載っていた。
そして一番下に。
『誘うような甘い声があなたを快楽へ導くきっかけになるでしょう』と。
甘い声。
甘い声とは何だろう。
いつもジェイドが「ルークはどこもかしこも砂糖の様に甘いですね」と言ってくれるが、それとは違う気がする。
甘い声。
「つまり、あれだよな。誘惑するような声って事か?」
困った。
いつも情事中に自分が出しているような声は普通では出せない。
ふと、その特集ページの隅のイラストが目に入った。そこには単調なイラストでナイスバディなお姉ちゃんがウィンクしながら「うっふん」と言っていた。
「……う、うっふん?」
まさか、これが誘惑する言葉なのか……?
更によくページを見ると別のイラストのお姉ちゃんは「あっはん」とハートマークを飛ばしている。
「あっはん?」
意味が分からない。
しかしこの雑誌に書いてあるという事はジェイドが好きな事なのだろうと自分の中に結論を付ける。
そしてそのまま次のページへと進み、だんだんマニアックなプレイページになり、やっとの思いで雑誌の編集者ページになると、そこには「私達は白い(恋人の)日を応援します!楽しい恋人の夜を!」との事。
白い恋人の日?
何が?
訳が分からない。
首をかしげつつルークは重要なキィワードだけは忘れないように何度も頭の中で復唱しつつ、ベッドから降りて本を元通り枕の下に戻し寝室を後にした。
「ルーク〜ただいま帰りましたよ〜」
突然の休暇を言い渡されたのに上機嫌なジェイドは途中で買ってきた物を台所のテーブルの上に置いてルークを呼んだ。
この旅の疲れを癒す為の自由時間は二人で過ごすと約束し、ならば自分の自宅で過ごしたいと言ったらルークは赤くなりつつ頷いたのだ。
やたらに張り切る。
癒しを!普段、キリキリ働いている自分に癒しを!
そう思うとルークに構いたくて仕方なくなる。
「ルーク?どこですかー?」
中々返事の無いルークに早速意味もなく愛情を感じながらルークの名前を呼びつつ家の中を探した。
リビングを抜けて階段を登り2階もくまなく探すがいない。
まさかと1階のトイレを覗き、浴室手前の洗面所で鏡の前に立って難しい顔をしているルークをようやく見つけた。
「ルーク?」
「っわ!ごめん!気付かなかった。お帰りジェイド」
何やらビクリと肩を震わせて頬を赤く染めながら振り返るルークが可愛らしくて、その胸に抱き込むとルークもジェイドの背中に腕を回してくれた。
「えぇ。ただいま、ルーク」
頭のてっぺんや額にキスを落としながらジェイドは囁いた。
「こんな所で何をしていたんですか?」
するとルークは露骨に身体を震わせて、すぐに腕の中で動かなくなる。どうやら顔を見られたくないらしい。
髪の間から少しだけ見える耳はその赤い髪に負けず染まっている。
「ルーク?」
「ちょ、ちょっとな。まぁいいだろ!」
「気になりますねぇ。何かやましい事でもしてたんですか?」
「しっしてねぇよ!」
「怪しいですねぇ〜」
面白そうに笑うジェイドは何が何でもルークの話を聞こうと思っているらしい。
普段は構わないような行動も楽しそうに構う。ルークはうぅと黙る。
嘘は付けない。見抜かれる。経験上、身に染みているルークは渋々と小さな声で喋り出した。
「その。雑誌で見たんだ。円満な恋人関係を過ごす為にって」
「ほう?」
腕の力を緩めて顔を見ると、視線をさ迷わせているルークがいた。非常に話しにくそうに、たどたどしく。
「で、恋人同士の夜は白い恋人の日?とかで、俺が頑張るとジェイドが嬉しいっ……て……あっそうだ!」
ルークが急に顔を上げると突然ジェイドと目を合わせて一言。
「あっはん!」
「……?」
「えぇと、うっふん?」
ジェイドの反応が悪く、ルークは不安気に顔を歪ませて続けたが、ジェイドの頭の上にはクエスチョンマークが沢山出ていた。
あぁ、やっぱり俺って魅力がないのかとルークは穴に隠れたい思いになった。
足りないものが分からないと、思い出したのはイラストの女性。確か、不思議なポーズを取っていて今の今まで練習していたのだ。
ジェイドの腕の中から体を離してルークはポーズを取り再び言った。
「うふーん!」
「……熱でも出しましたか?」
ルークの努力がジェイドの冷たい反応で一瞬にして砕かれた瞬間だった。
「その。とりあえず、何から得た知識なのか順を追って説明して下さると助かるんですが」
その後、泣き出しそうな顔をした(実際に泣いていた)ルークをなだめながらジェイドは説明を受けた。事の発端になった寝室へルークに連れて行かれた時は何かと思ったが、すぐに原因が分かり幼馴染みの抹殺計画を頭の中で立てた。
寝室の枕の下には確かに見覚えのある本。以前、ピオニーが体調を崩したジェイドに見舞いで持ってきた、はた迷惑な品の一つで全部返却したかと思っていたが、どうやら一冊だけ残っていたらしい。
因みに未使用だともルークに言っておく。
「でもっ、でもジェイドはこんな風に迫られると嬉しいんだろ!?」
よほど雑誌の刺激が強かったのかルークは受け売り通りが一番いいのかとジェイドに聞いてくる。
ジェイドは手にした雑誌を譜術で燃やすと、ベッドの上にルークを乗せてその身を押し倒した。
「積極的なのは嬉しいですが……」
「ジェイド?」
「無防備なあなたも私にとっては最大級のご馳走ですよ」
ペロリと頬を舐めると、ルークが真っ赤になってジェイドの背中を叩いた。
「……馬鹿!」
絶えずにルークの甘い声が響いた。
そして繋がった場所からの卑猥な水音も止む事なく、肌のぶつかる音が断続的に続く。
「じぇっどっ」
「ルーク、先ほどの様に私を誘惑して下さいませんか?」
腰を揺らしながらジェイドが意地の悪い笑顔で告げるとルークはキョトリとした後に、ジェイドの背中に回していた手の爪を立ててひっかいた。
「っ痛」
「ば、か!」
ジェイドの愛撫の手が緩む事は無く、持ち上がり繋がった腰はきつく押さえられ、ぷくりと立ち上った胸の粒にはジェイドの指により絶妙な刺激が与えられている。
つまんでは弾かれ、指の腹でこねられるとルークの腰には何度も出したというのに熱が溜っていた。
ジェイドの熱いソレがルークの前立腺をこすり、わざと外し、遊ばれているかのような刺激なのにジェイドの濡れた茂みが、温かい肌が繋ぎ目に触れる度に快楽は増していく。
その中での、事。
「いいから言って下さいよ」
「や、だぁ」
あんなに恥じをしのんでやったのにジェイドの意味が分からない発言はルークにとって禁断の思い出になりつつあった。
首を振って拒絶するルークを見たジェイドは少し思案した後に腰の動きを止める。
「んっふぁ」
一度ルークから自身を抜くと、ルークの開かれた蕾からは腸液とジェイドの液体が混じったものがトロリと垂れ、物足りなそうにひくつく。
そしてジェイドは身体を起こすとルークも一緒に抱き起こし、自分の上にまたがらせる。
「ジェ、イド?」
「さぁ、ご自分で入れられますね?」
熱く天を向いたソレをルークの切なく震える蕾に当てがうと、ルークは、うぅと躊躇する。気持ちが良くて、恥ずかしい。
先ほどまで満たされていた壁がジェイドの先を感じて早く早くと言っているかのようだ。
「あっあっ……んん」
ジェイドの視線に耐えかねてルークは腰を下ろす。
ぬめったジェイドが潤っているルークの中に入るのは容易な事で、熱く脈打つソレは簡単にルークの中を満たす。
「あぁんっ深いっ」
自分の体重で奥まで飲み込むと腰の奥でジェイドがまた一回り大きくなるのを感じる。
しかし身体がジェイドに慣れてもジェイドは一向に動き出そうとしない。
震える身体を抑えつけてルークはジェイドの首を腕を回すと唇と唇をすりあわせ、軽く腰を揺らした。
するとクスリと笑ったジェイドがルークに深いキスを贈った後に告げた。
「さぁ、私を誘惑して下さい。じゃないと、このまま動きません」
欲しいでしょう?と一つ揺らすとルークは高い悲鳴一つ上げる。
そしてまた止まる。
「うぅ……」
既に力の入らない腰。
重たい身体。
でも、強い刺激が欲しい。
イキたい。
「ジェ、ジェイド」
「はい」
「んっ……うっ……ふん」
恥ずかしい。
その思いのせいか、下半身に熱がこもる。腰にも無意識に力を入れてジェイドを締めていた。
「ジェイド?」
「もう一つ、あったでしょう?」
笑顔で頭を撫でてくれるジェイドの手のひらを感じながら、ルークは唇を噛み締めた。
「あっはん……っあ!」
その瞬間にジェイドは素早く自身を抜きかけると一気にルークの中に侵入した。
「ひぁっ!あっんっあぁ!」
「ご褒美です」
受け取りなさいと、とろけるような甘い笑みでジェイドはルークの腰奥をむさぼった。
激しく下から突き上げ、固くなった胸の粒をかじる。
そして。
「ひぁぁぁんっ!」
刺激と共に奥に熱いものを感じ、ルークも張り詰めていた自身もジェイドの腹へと放った。
「ホワイトデーの事ですよ」
繋がりを解かないまま、ジェイドはルークの耳元へ囁いた。
粗い息の中に途切れ途切れに交わす言葉は短い。
「な、にが?」
だるい身体をジェイドの胸に預けながら腰を浮かして抜こうとするルークを抑えつけジェイドは本日何回目か分からない笑顔で、言った。
「白い恋人の日」
こうして、間違った知識がルークに植え付けられたのだった。
すみませんでした!
本当に頭に悪い!!!!!