『いつか見た・2』
『いつか見た』はこちらになります。


それから、二人は寄り添うように歩いていた。
仲間には知らせてはいけない、大事な秘密と大事な感情を同時に抱えてた二人に離れる理由が無かった。

「たーいさっ!なんだかルーク様にベッタリですよねぇ。何か秘密でも握られたんですか〜?」

アニスが下心見え見えにジェイドへと寄りかかってきた。
あぁ。この子は最初はルークを狙っていたのだった。そう思い出してやんわりと、そう、やんわりとアニスの頭を撫でてやった。
一瞬彼女はキョトンとした後に、むーと唸り眉を釣り上げて子ども扱いしないで下さいと言った。

「まぁ、その辺は大人の都合ですのでアニスはイオン様を守る事だけに集中して下さい」

これからタルタロスが襲われて、イオンはその命を削ってセフィロトへの道を開くのだから。
しっかりと、その役目を果たして貰わないと、自分とルークの計画が台無しになる。

「ふえ?言われなくともちゃんとやりますよー!」

アニスは更に頬を膨らませて去って行った。どうせどこかで聞耳を立てながら行動するのだろう。
タルタロスの中を去って行くアニスに背を向けてジェイドは歩き出す。
もうすぐ六神将が来る。
大事なのは、そのドサクサに紛れてルークを連れ出す事だ。
あのローズ夫人宅で再会した後、夜中にルークと会話をして決めた。
彼はまた死ぬ事を恐れていた。
そして自分に会いたかったと言ってくれた。
ルークが消えてからの長い年月はジェイドの神経をズダボロにするには十二分に長かった。愛する者のいない世界。
確かに、増えてしまったレプリカの問題や第七音素の減少はあったが、それでも人々はたくましく生きていた。
虚しいのは、自分の胸だけ。
その想いがあるからこそ、死を恐れ再び世界に記憶を持ったままのルークに出会えた瞬間に、決めてしまった。
彼を、隠してしまおうと。







「ルーク、大丈夫ですか?」

ゴホッと咳き込むルークの背中を擦りながら、ジェイドは周りの気配を探っていた。
突然のモンスターの襲撃、艦の沈黙、アッシュの奇襲。そして……ティアを気絶させた後に行動を起こした。
譜術で壁を壊しながらタルタロスを脱出、以前、廊下でジェイドの能力を封印したアンチ・フォンスロットは破壊し、能力はそのままで……歴史を塗り変えた。

「うぅっジェイド……」
「立てますか?このまま一度グランコクマに向かいます。エンゲーブ付近から、こちらの街道まではガイが追ってきますから、しばらくは森の中を通ります」

食料や消耗品は用意してあった。
後は、隠れればいい。
ルークは兎も角、ジェイドはグランコクマに取りに行くものがあった。
ルークの、音素乖離を止める薬。
万が一の為に作っていた、あの薬をグランコクマに置いてきてしまったのだ。
このままでは少なくとも、半年後にはルークが消えてしまう。
もう繰り返さない。

「ジェイド……やっぱり、歴史を変えるなんて」
「行きますよ。私のルーク」

弱々しくもルークが告げるとジェイドはルークの額に一つキスを落とし、立ち上がらせて、前を向かせた。

「あなたは生きるんです、私と一緒に」

手袋越しに伝わるジェイドの体温がルークの心を麻痺させる。
愛しい人と過ごす時間が、手放せない。
頭の中で警報が鳴り響く。これはローレライの通信だろうか。耳鳴りのように、奥から溢れてルークに囁く。戻れ、これはお前の愛したジェイドではない。
お前のジェイドは……。
ルークは目を閉じた。握る手が温かい。この手を求めていた。離れたくない。
歩き出すジェイドに手を引かれながら、気持ちの良い木漏れ日の差す森の中を歩く。
聞こえるのは鳥のさえずり。
時折向かってくるモンスターは今のジェイドやルークには適わない。気楽な散歩をしているようだった。

「ルーク、この花を知ってますか?」
「……見た事ないな。ジェイド知ってるのか?」
「スズランといいます。毒花ですよ」
「へぇ。こんなに綺麗で良い香りがするのにな」
「綺麗な花には毒やトゲがあるものです」
「まるでジェイドみたいだな」
「おや、言ってくれますねぇ」

ふふふと二人で笑い合って草を分けて歩く。
小川沿いに歩いて、夕方には少し開けた所で夜営の用意をした。
パチパチとはぜる火の音がルークの耳をくすぐり、頬を照らす。

「ルーク、先に休みなさい。夜半になったら交代しますので」

フワリと外套を広げてルークを包むとジェイドは火の調節をする。
ジェイドは眠る時、常にルークの一部を触っていた。
と、いうよりもルークに触れていないと敏感に起きた。熟睡していないんじゃないかと心配すると、慣れているから浅い睡眠でも取れれば十分に活動出来ると言われ、街に着いたら、屋敷で少し休む事になった。
森の中は本当に平和で、世界から孤立している。

「なぁジェイド」
「はい?」
「みんな、今頃どうしてるかな」
「……時間と歴史には力がありますからね。私達抜きでも世界は同じ結論か…少しずれた結論へ向かいます」
「俺達がいないと、ガイやカイツールで会うヴァン師匠は、どんな反応をするんだろう」
「再びあなたを探すでしょうね。それこそ手配書も用意するでしょうし」
「そっか」
「その内、私達に似た死体を用意しときます。ケセドニアの砂漠付近に置いておけば大丈夫ですよ」

手放しません。
ジェイドがルークの手を強く握る度に胸がざわついた。
これは、知っているジェイドなのか。全てが同じジェイドのはずなのに……違和感がある。
彼は、何が変わった?
自分が死にたくないと思ったから?
自分がジェイドに会いたくて時間を遡ったから?
望んだ事が罪なのか。
それでも、今、ここにある温もりは離せない。離したくない。

「ジェイド」
「愛しています、ルーク」

触れる唇が、温かい。
森の中を進むと、いつの間にかテオルの森の関所を越えていたらしい。
見張りのモンスターと番兵が木々の間に見え隠れした。
ジェイドがクスリと笑みをこぼした。

「関所が大きいと内部事情を知ってる身としては楽ですねぇ」

足を止めるわけでもなく、兵のいない道を選んでジェイドは歩いた。ルークはなるべく物音を立てずにジェイドに手を引かれて歩く。
悲しい思い出であると同時にこれから悲しい思い出が出来る場所。
ガイのカースロットが発覚した場所だった。ジェイドが一人で先に行った後に六神将に襲われた場所。
その場所を、今は二人で歩く。
自分が過去に体験した、この世界の未来。
とっくに終わった出来事なのに、この世界ではまだ起こっていない。
森を抜けるとグランコクマまでは見晴らしの良い平原になるからと、ジェイドはギリギリまで森の中を進んだ。
本当に世界は平和で。
まだ魔界に沈んでいない世界。
人体レプリカが自分とイオンとシンクしかいない世界。
自分が過去に救って、そしてこれから救わなければいけない世界に背を向けた。
愛の言葉に惑わされ、行きつく場所は、グランコクマ。
人々は平和に暮らし、恋人達は仲むつまじく並んであるく光景にルークの足が止まった。かつて、これほどまでに何かに胸を打たれた光景は無かった。

「どうしました、ルーク?」
「やっぱり、だめだ。ジェイド」

握った手に強く力を入れて言う。
自分もこうしてジェイドと歩きたかった。
夕飯は何がいいとか、仕事の休みだとかで笑いながら歩きたかった。
こうしていたかった。
ずっと側にいたかった。
いつか一緒に暮らす事を夢見て、新居の問題とか沢山一緒に考えたかった。
あの、街中の恋人達のように。
あの、人達のように。
ルークの瞳に涙が溜まって溢れ出した。ポロポロと街の風景を見て止まらい。

「ジェイド。俺……次は頑張って帰ってくるから、もう一度歴史を繰り返したい」
「ルーク?」
「俺が生きていられる道があるなら、それを探そう。でも、これはいけないんだ、ジェイド。このままじゃ、このままじゃ……」
「ルーク!」

ジェイドがルークの言葉を遮るようにルークを抱き締めた。
聞きたくないと力を込めるジェイドに、ルークが静かに告げた。

「俺達が逃げたら沢山の人が死ぬ。それはアグゼリュスと同じなんだ」

同じ結果にはさせはしない。
ルークの言葉にジェイドがそっと目を伏せた。
あぁこの子は、私の腕の中から、また飛び立つ。私が用意した答えの先へと行ってしまう。
だが散らせはしない。
私のルーク。

「愛しています、ルーク」
「愛してる、ジェイド」

再び握った手は離さないで、再び、あの道を二人で歩く。



END







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