『愛ゆえに』
「ごめんなさい」
そう言って目隠しした布からは涙がにじんでいた。
「泣かないで下さい」
男はそう言って唇を重ねた。
子どもは泣く。
「ごめんなさいごめんなさい」
「いいですから」
泣かないで、と差しのべた手がルークの頬に触れた。優しくなだめる様に撫でると、ルークはその手に頬を擦り寄せる。
「時間がありませんから、良いですか?」
「うん」
コクンと頷く。
涙は止まっていた。
ジェイドはスッと立ち上がると、近くのテーブルから注射器を取った。そして再びルークに触れる。
「あなたの死後、あなたの死体は第7音素になって無散しますが、この部屋は密封してあり、特殊な電磁波で満ちています」
ルークの目は目隠しによってジェイドの表情が見えない。
「そこのフォミクリーがすぐにあなたを形成するでしょう。もっとも」
ジェイドは苦々しく笑った。
「スイッチを押すはずの私も、すぐにあなたの後を追いますけどね」
「ジェイド」
「私が決めた事です。今更変えません」
何かを言いたそうなルークを止めて、ジェイドはルークの腕を取った。
「すぐに意識は消えると思います。心配しないで下さい。私もすぐにいきま」
「ジェイド」
キスして、一回だけ。
ルークの唇が、かすかに震えていた。
目隠しを取ってやろうかとさえ思った。本人の希望で目隠しをしたが、果たして本当にそれでいいのだろうか。
ギュッと覚悟を決める。
「ルーク」
優しく名前を呼んで、口付けた。深く、忘れないように、激しく。
「んっんっ……じぇっ…」
ピチャリと卑猥な水音を立てて唇の角度を変えた。互いの舌が絡みあって、擦り合って気持が良い。
子どもの口内はいつも温かくて、あどけなくて、優しい。
いつも通りのキス。
永遠のような時間だった。
「んふっ…ふ……んっ」
スルリと名残惜しく唇を離し、互いの唾液で光る唇を舐め合った。
「有難う」
全身で幸せそうに笑うルークをジェイドは衝動的に抱き締めた。
「今なら…今なら、まだ逃げられます。二人で逃げましょう」
この体温を失うなど、失わせるなど許されるのか。
「逃げて、どうするんだ?」
意外な程に冷静な声がした。
ルークがポツリポツリと言葉を落としていく。
「生きたまま逃げて、俺は俺を許せるんだろうか」
きっとアッシュにも迷惑かけちまうしな。
ルークがなだめる様にジェイドの背中を叩いた。
「ジェイドが出来ないなら、俺、自分でどっかに」
「行かせません。死ぬなら私の腕の中で死になさい」
腕に込める力が強くなる。
「じゃぁ、ジェイド」
「分かりました」
ゆっくりと体を離した。
そして、床に落ちてしまっていた注射器を拾いあげる。注射器の中には何も液体が入っていない。
すっと注射器の中に空気を入れる。
「御免な、ジェイド」
「私もすぐにいきますから」
「ジェイド」
泣きそうな声でルークは囁いた。
「愛してる」
世界よりも、あなたを。