『綺麗2』


籠の中で震える小さな鳥は、いつの日にか、羽ばたく事をやめる。
地面を這って、自分を見上げて、自分の名前だけを呼んでくれる日がくる。
それが「愛」なのだと思っていた。
違う、今でも、思っている。


鈍い痛み、だけれども途切れる事なく続く痛みに身をよじらせて目を開けると、見慣れた男がこちらを見ていた。
なんだろう、なにか違和感がある。
腕を持ち上げる。
無い。

「え?」

痛いから上手く動かないのだろうか?そういえば痛みは肩の付け根が熱くて、我慢できない位だ。
口からうめき声が漏れる。

「大丈夫ですか?起き上がれますか?」

男が手を借すわけでもなく、こちらを見たまま笑顔で尋ねてきた。
首がぎこちないが大丈夫。首は動く。一体どうしたんだろうと首を回して見てみた。腕を。
無い腕を。

「中々言う事を聞かないのでお仕置きしておきました」

ぎょっとして声も出せずにいると、さも同然のように言う男は隣りのベッドから何かを持ち上げて、こちらに見えるように差し出した。
一瞬で血の気が引く。それは、健康的に焼けた肌のはずなのに青白い。
見た事ある。
生まれてからずっと見てきた。だって、それは。
甘かった爪。少し固くなりはじめていた肌。幾分薄い体毛。ところどころ、浮き上がっていた血管。ペンだこの無い指、小さな手のひら。それは。

「手がなければ抵抗しないと思ったので。手荒でしたが眠ってる最中に切り取っておきました」

ごとんと、手が落ちた。
そういえば、ここは何処だ。
空気が寒い。違う、雰囲気が寒い。ベッドは温かいけれど、違う。
でも恐怖で目が回らない。状況がつかめない。
腕が痛い。
腕が痛い。
腕が無い。

「ルーク」

かちゃりと眼鏡を外した男がぎしりと大きな音を立てて寝ているベッドの上に上がってきた。軍人で鍛え上げられた体で、覆いかぶさってくる。

「じぇ、いど」

やっとの思いで声を出した。
喉の奥がひゅぃっと鳴る。これは罰だろうか、一体何の?

「さぁ始めましょう」

うっとりとルークの耳元に囁いて、衣服に手をかける。身をよじろうにも、熱く燃えるような痛みのある肩が邪魔をする。何より、手がない。まだ、混乱している。
元々、上は何も着ていなかったらしい。まだ、全身なにか気だるい。これは、もしや…。

「まだ麻酔が切れていませんか?」

全身麻酔。
腕を切る時に痛まないように。
それも今は切れ掛かっていて。肩がじんわり熱い。かゆい。痛い。でも感覚はない。
何も答えないルークにジェイドが唇を重ねた。ちゅっと吸われたかと思うとねっとりと舌を絡められて、唾液が混ざる。漏れた唾液がルークの唇の端を伝って落ちる。頬を落ちて耳元を通る。
ぞくっとした。
ジェイドの下が唾液を追って耳さえも舐めた。

「……っ」

だんだん記憶が鮮明になっていく。
そうだ、あの時に。
はっとなってジェイドの顔を見る。

「……如何しましたか?」

ジェイドの手はルークの下半身を脱がしにかかっていた。
空気が寒くて鳥肌が立っている。怖くて萎縮している。だけど目的は分かっていた。
だから、ソコがふるりと震える。

「だめ、じぇいど……」
「ふふふ。大人しくしていてくださいね」

逆らえないのは分かっている。そう教え込まれいてた。ただ、あの日のジェイドは少し様子が違っていたから、全力で抵抗した。
抱き潰されるかと思われるような、愛があった。
それは、自分に向けられた執念か。

「思い出したのなら、受け入れて下さい」

ふっと布が全て外されて、全身が空気に触れる。ジェイドの長い指が、ルークの胸の突起をつまんだ。
何かつままれる感触はあるものの、いつものような甘い痺れは感じない。
こねられれても、引っ張られれても、甘い声は出ない。

「んっ」

ただ、記憶の感触だけが肌を通り過ぎていく。

「……麻酔は当分切れそうにありませんね」

思うように力が入らない。ただ、ジェイドのクスクスという笑い声だけが聞こえる。

「でも、もう」

ルーク自身さえ、まだ反応していない。
しかし、ジェイドは既に高ぶっているのか、自分のモノを取り出すと、ルークの蕾にあてがう。
まだ慣らしてもいない。湿らせてもいない。油さえ使っていない。

「我慢、できませんから」

きゅっと縮まったソコにぬめった先端を当てるとルークがびくりと震えた。
いつもなら手で反抗できるのに。
痛みだけ、熱だけが。

「ルーク、愛していますよ」

甘い囁き。
その囁きとは全く違う、痛みが。

「っああああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」

無理矢理に侵入してくる。
男同士のセックスに慣れた体だからと言って慣れているわけではない。
いつも気遣ってよくほぐされていたし、挿入の頃には理性だって体だって麻痺していた。麻酔が効いているからといって、体は受け付けない。
だけれども力が入らない。追い出そうとしても弛緩している体は熱を受け止める事しかできない。

「ふふふ。案外、入りやすいですよ」

ずずっとこちらのことをお構いなしに腰を刺してくる。奥まで、意思を無視して侵入してくる。

「ほら、入りきりました」

にこりと笑顔で言われて、頬を撫でられても、苦しみしかない。いつもの快楽もない。それは、ただの熱と痛み。異物感。腹の底から嘔吐感が沸きあがってくる。
苦しさに喘ぐルークを愛おしく眺め、ジェイドが律動を始めた。
ずっずと抜き差しされても快楽は生まれない。むしろルークの胎内で肥大化するジェイドが苦しい。苦しさに唾液が唇から漏れるとジェイドが舐め取る。
喘ぎ声ではない。体が苦しがる声しか出ない。

「っっは、っくぉっ……」
「ふふふ。麻酔が切れたら、きっと良くなりますからね」

笑顔で言う。
腰の動きが早まっていく。限界が近いのだろうな、と分かった。ひどく他人事。
自分はまだ反応さえしていない。ぼんやりとしている。

「ルーク。中に出してあげますからね」

水音もしなかったソコがだんだんクチュクチュと粘着質な音をたててきた。そういえば大分スムーズにジェイドの腰が動いている。まるで自分の体じゃないかのような。

「っルーク!」

するどく名前を呼ばれると同時に奥に熱いものが叩きつけられた感触がした。
ルークもジェイドも息が上がっている。
それでもいつもの癖なのか、ジェイドがルークにキスの雨を降らせた。触れる唇は温かい。
唇は温かいのに、瞳が、おかしい。

「っはぁっ……じぇいど」
「ルーク」

何かを確かめるように名前を呼ぶと、それが嬉しかったのかジェイドはルークの体を抱き締めた。そして、唇をまた重ねる。


「私だけの人形」



紡がれるキスの合間。
そう、それはあの時も。


「世界なんて放っておきなさい」


ゆっくりとジェイドがルークの中から引き抜かれる。
とろりと糸を引きながら、少しの血を伴って。切れたらしい。
それも関係ないのか。今の体には。


「私だけのために生きなさい。死ぬ事は許しません」


ジェイドがルークの肩を見る。
多少血が滲んでいた。傷口が開いたのか。
ルークの上から体をどかすと、棚から包帯と消毒液を出してくる。ルークの体の上にはシーツをかけてやる。

「じぇい、ど」
「なんですか?ルーク」

包帯をするすると外して作業を始める。情事が嘘のように、淡々と。
逃げたい。
そう思って、若干感覚のもどりつつある足に力を入れて膝を立てた。
体の動きに気付いたジェイドがルークの足を見た。

「それも邪魔ですね」

本当に邪魔なものを見るかのような視線。
背筋がぎくりとなった。
ジェイドはそれ以上何も言わなかった。
作業は、淡々と続けられて。
体の上から熱がどんどん去っていくのだけが分かった。



END







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