『お菓子と?』
「はい、お邪魔しますよー」
久し振りのバチカルの屋敷の自室。
グランコクマにあるジェイドの屋敷で生活をしていたルークだが、たまには実家に顔を出していた。
じゃないとアッシュが文句を言いながらルークを連れ戻そうとしたり、シェザンヌから頻繁に手紙がきたり、ファブレ公爵に至ってはキムラスカ王に頼んで勅命を出させようとするからだ。
ルークの自室は以前のままで定期的に掃除が入っているらしく、ベッドから棚まで埃も無かった。
アッシュの部屋は増設され、別になっている。
本当はアッシュの部屋なのになーと思いつつも生まれてから軟禁され続けた部屋は、やはり自分のものであり、久し振りの自分の部屋にどこか安心した。
ノエルの申し出もあり、アルビオールで快適な空の旅をしつつバチカルに着いたのが昼前。
久し振りの家族との団欒に、食事とゆっくりさせてもらい、夜、あとは休むだけの状態になった頃、だ。
十分な光を取り込むために作ってある窓がキィっと開いた。
そして、見覚えのある顔が。
「じぇっジェイド!?」
グランコクマで仕事をしているはずの男が何故か、以前、最終決戦前にピオニーから貰った装束……悪の譜術使いの衣装で、以前ガイがそうしていたように、窓を開き入ってきたのだ。
「こんばんわ、ルーク」
当たり前のようにスタンっとルークの前に降り立ったジェイドに目が点になる。
どうやって、何故ここにジェイドがいるのだろうか。
確かに本当は今回の帰省はジェイドの息抜きも兼ねて二人でバチカルに来るはずだったが、ピオニーがまた一つ騒動を起こしたとかで、結局ルークのみになったのだが。
「やですねぇ〜どうしました?」
そんなに大きな目をして。
いつも通り読めない笑顔を浮かべるジェイドにルークの頭はグルグルと回るばかりだった。
「ジェイド、仕事、は……?」
やっと出た言葉といえばそんなもので、なんとも間抜けだった。
「ん?あぁ終わりましたよ」
ジェイドも事もなく答えた。
本当は聞かなければならない事が沢山あるのに上手く言えない。
「ふふっ大丈夫ですよ。私がここにいるのは公爵夫妻もご存知ですから」
あぁなんだ、父上と母上は知っているのか……良かった。
と納得するルークの頭の中で汽笛がなる。なぜ、どうして、いつの間に!
「それよりも…はい、用意して下さい」
言いながらジェイドが用意したものは以前、爵位授与式で着た子爵衣装だった。
色々と着たために大分痛んでいたからクローゼットの奥にしまっていたものだが、何故か新品同様の仕上がりになっており、ほつれもない。
どうして?とルークが目を白黒させているとジェイドがふふっと笑った。
「直しておきました」
さ、着替えて着替えて。
そう催促されて、ルークは戸惑いながらも礼服を受け取った。
「俺、今から寝る所だったんだけど」
既にラフな恰好でいたルークが言うとジェイドは「まぁまぁ」と言ってルークの服に手をかけた。
「わわっ」
「なんならお手伝いしますよ?」
この旗色は良くないとルークは体をよじって拒否した。
着替えのはずがベッドに流れ込み…など勘弁だったし、何よりそんな事になったら屋敷の人間、誰に聞かれているか分からない。
誰しもが同性の恋愛に賛成なわけではないのだ。
万が一、父親にも伝わったら……強制帰国もありえる。
「じっ自分で着替える!だから外出てろ!」
「はいはい」
やや苦笑気味にジェイドは部屋から退散したが、本当に何なんだろうと思う。
いきなり現れて礼服を渡されて。
しかしこのままボーっとしていてもラチが明かないと、ルークは着ていた服を脱ぐと礼服に袖を通し始めた。以前はメイドに手伝ってもらって着た服も、旅の間に何度か着る機会があって、慣れた手つきでボタンを止めていく。
旅していた頃よりは筋肉が落ちたらしく、若干サイズが大きいように感じる。ついでに、腰元も少しゆるい感じがした。
……痩せたのかな。
疑問に思いつつ、ルークは鏡の前に立って髪を整えながら、部屋の外にいるジェイドに声をかける。
「終わったよー」
ガチャリと扉が開き、譜術使いが顔をだす。
「お似合いですねー」
ニッコリと社交辞令のように言われると信憑性も何もない。
お前ほどじゃないよと言って、自分のわずかな服のたるみを気にする。
「なー俺、痩せたのかなー少しゆるいんだけど」
こことか、こことか。
腕や足は間違いなく筋肉が無くなったからだろうが、腰元がゆるいのは分からない。
「ふむ、筋肉が衰えたのでは?」
「それがさー少し、腰の部分もゆるくて。逆に尻の部分が少しキツイ気もするんだけど」
ケツだけ太ったのかなーとぼやくルークを見つめながら冷静なジェイドの頭の中で一つの結論が生まれた。
そりゃこれだけ長い間一緒にいて、夜を越えてきたわけである。
何もしなかった夜が無いわけがない。
最近、また艶っぽくなったなぁとは思っていたが、そういう事だったらしい。
改めてルークを観察すると、確かにかすかに女性らしい丸みを帯びた腰付きになってきている。
「少し運動しないとなー」
はぁとため息をつくルークをジェイドはニヤニヤと見ながら口を開いた。
「大丈夫ですよ。運動量は十分ですし、悪い変化ではありませんから」
ぼやかして言うとルークは案の定、ん?と顔をしかめた。
だからジェイドは笑顔ではっきりと告げてやる。
「私と寝る為に都合よい体になっただけですから」
すると、一瞬だけキョトンとしたルークだが次の瞬間にはゆでダコ並に顔を赤らめ口をパクパクさせた。
どうやら声も出ないらしい。
受け入れる側がしなやかな体つきになるのは医学でも証明されている事である。
あぁルークも自分とはそういう仲になって、自分の為に変化したのかと思うと胸に熱いものがこみ上げてくるが、今はゆっくりしている時間がもったいない。
「っさ。行きますよ」
そう言うと固まっていたルークの手を取り、部屋を出て屋敷の出口を目指す。
ルークも引っ張られて慌てて付いてきた。
「ちょっと、行くってどこへ!?」
もう夜だし、屋敷の外へは門番がいるから出れないのに。
しかもジェイドはこちらについたばかりじゃなかったか。
「良い所ですよー」
やや小走り気味に屋敷を通り抜けて、何故か道を開ける門番に挨拶されつつ、夜にボンヤリとした灯りのともる街へと、ジェイドに手を引かれるままに連れて行かれた。
するとどうだろう。
街中は異様な雰囲気に包まれていた。
色々な仮装をした街の大人達。
それに手を引かれて歩く、矢張り仮装した子どもの手には例外なく大きな何か入った袋が握られていた。
普段は静まりかえった街が、ザワザワと楽しげに賑わっていた。
あっけに取られていたルークをジェイドは一つのお菓子屋に連れ込む。カボチャが刳り貫かれたお化けみたいなやつがドドンと置かれ、玩具のコウモリが飛び回る店内には彩り良い綺麗な飴が小さい袋に詰まっていた。
カラフルな飴の入った袋を適当に取るとジェイドはさっさと会計を済まして、再びルークの手を引いて街中へ出た。
「……」
訳が分からなず、街の雰囲気にも面食らって黙り込んでいるルークをチラリと見ると、ジェイドは説明を始めた。
「今日はハロウィンなんですよ」
「……ハロウィン?」
「昔からある行事なのですが、先祖の霊が天の国から一時的に帰ってくるから、皆でお祝いしようっというものです」
そして手に持っていた、先ほど買った飴の袋をルークに見せる。
「大分、昔とは形が変わりましたが、仮装した子どもは霊の代わりです。『お菓子くれなきゃイタズラするぞ』とたかってくるので、大人は子どもにお菓子をあげるんです」
「……へ、へぇ」
何がなんだか分からないが、どうやら最後の言葉から子どもに何かを言われたらお菓子をあげなくてはいけないのは分かった。
「さて。私達は今からこの広場を突っ切って、あちらの公園に向かいます」
ジェイドが指差した先には人混みの向こう側にデートコースとしても有名な公園があった。天空旅客機を使わないと行けない半分、空中に飛び出るように設計された公園は季節の行事の度に催し物があると有名だった。
父親と母親もお忍びでデートに使っていたのを思い出すが、確か……二人の愛を確かめ合うような情熱的なイベントが主だった気がした。
まさか、と思う。
「ジェイド、まさか……」
「さー頑張って買った飴が無くなる前にあそこに着きましょうねー」
青くなるルークの手をしっかりと握るとジェイドはウキウキと足取り軽く歩き出す。
あぁやはり。
「この人混みを越えるってのか……!」
「あぁ、お菓子目当てにぶつかってくる子どももいるので気を付けて下さいね。あと、飴がなくなった時点で子ども達から容赦ないイタズラがきますので頑張りましょう」
早口に説明しながら歩き出すジェイドに引っ張られながらルークはため息をもらした。
「とりっくおあとりぃと!」
舌ったらずな声がルークの腰に抱きついてくると、ジェイドがやんわりと飴を差し出してニコリと微笑む。
子どもはペコリっと頭を下げてルークから離れ、次のターゲットに向かう。それの繰り返しばかりでルークはだんだんと疲れて、ゲッソリした。普段は通り抜けるだけの何気ない道なのに今日に限っては何倍もの距離があるように感じる。
そして肝心の天空旅客機まで、後一本という時。
ルークの腰にまた子どもが抱きついてきた。
「貴族の恰好したお兄ちゃん!とりっくおあとりーと!」
目をランランと輝かせ、手を差し出す全身包帯を巻いた子どもがルークの腰にガッチリと付いていた。
「え、ちょ」
もう後一歩の所だったから安堵していたルークがうろたえる。
そして、ジェイドが飴を差し出してくれるはずだった。
が。
「おや。さっきのでラストだったみたいです」
懐をあさっていたジェイドがルークに残酷な一言を告げた。
頭の中が真っ白になって慌てる。
お菓子が無いことに敏感にも感付いた子どもが、笑顔を浮かべた。
「お兄ちゃん、お菓子ないの?」
「えぇ、残念ながら品切れです」
どうしようと混乱しているルークの肩をジェイドは抱き寄せて、子どもを腰から離すと、笑顔で答えた。
「しかし生憎彼の唇は先約済みでしてね。差し上げる事は出来ないんです」
「じゃぁ、見せてよ。誰のものなのか」
ませたような口の聞き方をする子どもだなぁと思いながらもルークは自分の耳を疑った。
一体何の事を言っているのだろう。
唇がなんとか、見せてがなんとか。
「ルーク」
不意に名前を呼ばれてルークは反射的にジェイドを見上げた。
にこりと笑う男の顔が近づいたかと思うと、やわらかく温かい唇が優しく触れて……しっとりと重ねられるではないか。
あまりの突然さにルークがうーうーと反抗するとなだめるように背中を撫でられた。暴れるなという事らしい。しかしどうしても恥ずかしくて、口内は開かずに唇の先だけで触れ合った。子どもの視線が痛い。
「……っふあ」
やさしくジェイドの舌がルークの唇を撫でると、思わず鼻にかかった声が漏れる。
やっと離してもらった体であわてて子どもを見ると、子どもは優しく微笑んでいた。
「ふーん。本物なんだね」
「えぇ。私たちの愛は本物です」
「……」
平然としている子どもも子どもだが、ジェイドもジェイドである。なんだというのか。
「じゃぁ、これをあげるから、その天空旅客機に乗りなよ」
笑顔で子どもは懐から飴を取り出した。
赤色をした飴をルークの手に乗せて、子どもは天空旅客機の閉められた扉を開けた。すると落ちていて真っ暗だった旅客機の中にうっすらと明かりが灯り、やわらかい光に満ちた。
「魔法の飴を空で一番近い所で二人で食べると幸せになれるんだよ」
ニッコリと片目をつぶった子どもが、さぁどうぞと扉を開けてジェイドとルークを招いた。
そうしてジェイドに手を引かれてルークが乗り込むと、子どもは旅客機から外に出て、扉をしめる。
「どうぞ、よいハロウィンを」
ガタンと旅客機が動き出して二人を乗せて移動を始めた。
目指すは空中庭園。
「……じぇいど」
「はい?」
「今のなんだったんだ……」
「おや、知りませんでしたか?バチカル名物の季節限定デートですよー」
「で、デートって」
「まー今のも演出に入ってるんでしょうねー噂には聞いていましたが、なかなか面白いですね」
「……」
なんだか分からない事ばかりである。
ガタンガタンと旅客機は二人を乗せて庭園へと近づく。普段は見晴らしのよい公園で、老人の散歩コースだったりするのだが、今回はさすがに企画ものらしく、妖しい雰囲気に満ちている庭園が近づいてくる。
「さて。次は飴を食べないといけませんからねー」
にっこりと紅い目を細めながらジェイドが言った。
……夜はまだまだ終わらない。
ルークの肩がガックリと落ちた。
不完全燃焼なんですけども。
あああああorz
温めてたネタも使い切ってないし……半端で済みません(汗)
ハロウィン企画でしたーーー!