『空を飛ぶ、カササギの』
大地の降下作業中の一夜。
アルビオールを降りて夜営の準備にメンバーが、あちこちに散らばる中、こっそりと手をつないで走り出した。
ほんの少しの罪悪感と、それ以上の期待。胸は弾けそうな程に高鳴って、少し痛い位だった。
約束したのだ。今日、この日でなければ、いけない約束。
「っハァハァ」
走り抜けた森の中で目的地というには何も無い高い丘の上。空がよく見えた。
珍しく曇一つない晴れ渡った空に浮かぶ白い月と、譜石帯の更に上に輝く星々。
荒い呼吸を整えながら、ルークは空を見上げた。
「本当だ。川みたいだな」
「えぇ、天の川と呼ばれています」
つないだ手は離さないまま、多少荒れた呼吸を整えつつジェイドも空を見上げた。
眼鏡の奥の紅い瞳が、高い場所を見て、細まった。
かつて見上げた空と同じ。
それを、こうして誰かと共に見ている奇跡。ケテルブルクの空は寒くて高かった。この空は手を伸ばせば届きそうに近い空。
繋いだ手が温かい。グローブ越しに伝わる体温に安堵する。少しだけ緩んでいた手をきゅっと強く握り直すと、ルークもきゅっと握り返した。
「年に一度だけ、カササギが彦星を背に乗せて飛ぶそうです」
ポツリと呟く。
「ただの牛飼いが、天帝の娘に一夜限りの逢瀬を求め、たどり着く」
ポツリポツリと独り言のように説明するジェイドの横顔をルークは見つめていた。
ジェイドが星の話を知っているのは意外だったし、急に星見に誘ってきた意図も分からない。
皆で見た方が、楽しいのではないだろうか。
そう思っても口に出さずに二人きりの時間を堪能する。
今頃、仲間は野営の準備に追われているのに自分達だけが空を見上げている。いや、彼らも何かの拍子で気付いて空を見ているのかもしれないが、こうした時間を過ごしているのは自分達だけ。何ともいえない優越感があった。
「禁じられた恋が起こす奇跡です」
「何で、一年に一度しか会えないんだ?」
やっと呼吸が落ち着いて、ルークはジェイドに尋ねた。
「……天の川が氾濫しているからです」
さも当然のようにジェイドは言ったが、ルークはそれでは納得できなかった。一年に一度など。明日は無いかもしれないのに。
それに便利なカササギという生き物がいるなら、年中運んでもらえばいいじゃないか、別れなければいいじゃないか、頭の中に勝手な意見が飛び交う。
「そして……周りが許さないからですよ。身分の違いを」
それをも超える愛が、そこには無いのだろうか。
「そういえば、俺とジェイドも身分が違うな」
「身分どころか、国籍も違いますよ」
ジェイドが肩をすくめた。いくら軍属で名高いカーティスを名乗っていても所詮は養子。まして学者で功績を挙げたバルフォアの姓だって決して身分が高いわけではない。皇帝の親友という事だって、大した防波堤にはならない。
少し前までは戦争をしていたし、今だってワケアリの休戦状態なだけの国間である。
「でも俺はレプリカだから、本当は身分なんて持ってない」
俯いて話すルークの手をジェイドはぎゅっと握りなおす。
卑屈発言。
「……恋の前に身分なんて関係ありませんよ」
織姫と彦星のように。
「会いたいと思ったら会えばいいんですから」
それが年に一度であろうとも、それをも超える愛があるのなら。涙で眠れない夜を過ごすよりも、会える希望を持って過ごす夜。
「でも、身分って大事なんだろ?ジェイドはカーティスだけど、俺はただのルークだ」
ルークが顔を上げると、何故か悲しそうな顔でジェイドを見た。
「……ルークの前では、私はただのジェイドですよ」
「ジェイド?」
悲しい顔をするよりも笑って欲しい。彦星も織姫に言ったのだろうか?
二人もこの問題に直面していたハズだ。物語の性質上。
「私が愛しているのは肩書きじゃありません。あなたです」
臆面もなく。
恥もなく。
弱い態度を取ってしまうルークを。
くしゃりとルークの顔が歪んだ。
「……っふ、ううっ。なんだよっヒクっこのたいみんっぐは」
繋いでいた手を離して、ルークは顔面を覆ってしまう。涙が止まらないのか、肩を細かく震わせ嗚咽をかみ殺している。
「泣くと、天の川が氾濫しますよ?」
ポケットからハンカチを取り出してルークに差し出すと、ルークは受け取らずに自分のポケットからハンカチを取り出して、目じりや鼻をかむ。それでも足りなかったのか、うっすらと残る涙をジェイドは丁寧に拭き取った。
「それ、空の話だろ?」
「さて、どうでしょう」
お互いに苦笑し合って、ジェイドがすっとルークに顔を寄せた。
すると何故か慌ててルークが顔をそらす。
「ルーク?」
「ちょ、今泣いたばっかで汚いって!」
鼻もぐずぐずしているし、目も真っ赤だし。
そう言って、離れようとするルークの肩をジェイドは両手でしっかり抑えた。
「大丈夫ですよ。今日も可愛いです」
「そーゆー意味じゃない事ぐらい分かってんだろー!」
「ルーク」
「あんだよ」
「織姫と彦星に見せ付けてやりましょう」
「は?」
「年に一度しか会えない彼らが頑張って毎日会えるように焚き付けますよ」
毎日会えるように。
カササギに頼らなくても会える様に。
星空の見える、この場所で。
「ねーガイぃ。そろそろ大佐とルーク呼んできなよぅ」
「ちょ、なんで俺が!!」
「ですが、このままではお夕飯が冷めてしまいますわ」
「何処まで行ったのかしら、二人共」
「だーかーら、どうして俺が!」
「だって二人が事の最中だったらアニスちゃん気まずいしー」
「事って……何のこと?」
「あら、ティア知りませんの?」
「え?」
「あーティアはねー知らなそうだよねー」
「では説明しますわね。ガイ、仕事ですわよ」
「何でも俺に頼むなーーーーー!!!」
「あ、だから迎え!!!!」
本当は
天帝=ピオニー
織姫=ルーク
彦星=ジェイド
カササギ=ガイ
で考えてたんですけど間に合いませんでしたorz