『雪』
「さああああああむううい!!」
どうにかしてくださいよーたいさあぁぁとアニスがジェイドのに向けて懇願した。
ケテルブルクの街中。この街出身であるジェイドが何らかの打開案を持っているのではないかと期待して尋ねたのだが、それは無駄に終わったらしくジェイドは肩をすくている。
「そう言われても困りますよ〜まさかここで炎系の譜術を使うわけにもいきませんし」
「うううう、この街の人ってばどうやって生活してるんですか、もー」
理解できないとコートの前襟をかき合わせて、アニスはホテルに向かってずんずんと歩いて行ってしまう。
仲間を見ると、何度来ても耐えられないという顔で鼻の頭を赤くしさっさと早歩きで黙々とホテルに向かっていた。
確かに寒いが、耐えられないほどではないだろうに、そう思いつつジェイドは雪に足を取られて上手に歩けない子どもに手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「ありがと、ジェイド」
にこりと笑って感謝を表したものの、ルークにジェイドの手を取る余裕は無いらしい。
必死にバランスを崩さまいと歩いている。
どうして、必死な姿が大変愛らしく、思わず足をかけて転ばせたくなるが、そんないたずらをしては機嫌を損ねるどころか、しばらく口も聞いてくれないかもしれないと自重する事に決めてジェイドはルークの後ろを追いかけるようにゆっくりと歩いた。
さくさくさく。
ケテルブルクの雪は小さくて細かい、粉雪だ。
一回身体にまとわりついたら、すぐに溶けるのだが、次の雪、次の雪と終わり無く積もっていき、だんだんと水分が凍っていく。だから、なるべく急いでホテルに着いた方がいいのだが……。
子どもはゆっくりと歩く。
慎重に。
「……」
先頭からはどんどん離れていく。
ふふふ、と知らずに笑みがこぼれた。
これも風邪を引かないためですよ。心の中で呟いて、大股で歩いてルークの横に並ぶ。
「ルーク失礼しますね」
えっと小さい声を漏らすルークの背中と膝の裏に手を当てると一気に抱き上げた。
「うわあわわあっわわわ!!!!」
がばっと音のしそうな抱き上げにルークの手が必然とジェイドの首に巻きつき、ぎゅっと抱きしめる形になる。よいしょっとジェイドがバランスを整えるとルークは顔を上げて、歩いている時よりもずっと近くにあるジェイドを睨んだ。
「あっぶねーだろ!」
「すみませーん。でもこのペースじゃ、いつホテルに着くのか分からなかったもので」
笑顔でジェイドは答えると、ルークが歩くよりもずっと早いペースでさっさと歩く。
もう一言なにか言ってやろうとルークが口を開くが、ジェイドが何故か幸せそうな顔をしているのと、望んではいないが、歩きにくさが解消されたのとで、何も言えなくなってしまう。
ずんずんとホテルが近付く。
ホテルのロビーのガラス窓から仲間たちが手を振っていた。
あぁこのまま姫抱っこのままホテルに入る気だろうか、この男。ルークは、深いため息をついて、それをおかしそうにジェイドが笑った。
その白い吐息、二人分も雪のように交じり合って、遠くで消える。