『甘い夢と時間を』


腕を伸ばして何度もつかもうとしていた。
例えば夜でも。
例えば昼間でも。
離れているのはとても苦痛だったから、掴みたかった。少しでも近くにいたかった。

「どうしました?ルーク」

眼鏡の奥にある紅い目を細めて、かがみこんでくる。
目を合わせるのが少しだけ怖くて目を伏せると、唇同士が触れ合った。
すりっと擦り寄るように唇を通わせて離れた後に痺れるような感じは、愛しい人からのキスだから。

「だんまりでは分かりませんよ」

二人きりの時だけに見せる甘い表情に眩暈がする。砂糖菓子のような甘い時間。仕事も何も無い時のジェイドはとにかく自分を甘やかす。まるで、何かをつづなうように、甘く、優しく。

「何でもない」

そう言って、乗せられていた膝の上で座りなおす。
頭をジェイドの胸にもたげて、すりっと寄る。すると大きな手が頭を撫でてくる。サラサラと短い髪をすいて、またキスを。
ここ甘い時間が続けばいいのに。


「よう、ルーク!茶でも飲んでいけよ」

グランコクマの王宮で呼び止められた。その声の主は下々の者に声をかける事がまずない身分のはずの人間だった。ピオニー・ウパラ・マルクト9世。この国の皇帝だ。

「陛下。公務はどうしました?」
「んあ?お前までそーゆー事言うのかよ〜」

駆け寄ってきてヘロヘロとルークの足元に座り込む。

「今ちょっとだけ仕事抜け出してジェイドん所行ってきたんだけど、あいつもつれなくてなー」

座りこんだ位置から上目使いに見上げられる。はっきり言って36歳の上目使いにトキメキも何もない。いや、あるのかもしれないが、ピオニーはどうも茶化している部分があるせいか真面目に見えない。
一度ガイが上目遣いの威力について語ってくれたが、果たしてそれが適応するのかというと謎だ。
ルークの服の裾を掴んで構ってオーラを出すピオニーをべりっとはがす。

「陛下がきちっと仕事終わらせれば、ジェイドだって相手にしてくれますよ」

そして座り込んでいる皇帝陛下に手を差し出す。
この場面を見られては後々何を言われるか分からない。
少なくともキムラスカの王家に連なるルークの足元に座り込むマルクト皇帝は見たくないだろう。

「仕事仕事……はぁ。なんでこー固いのばっかりかねー」

ルークの差し出した手を握って立ち上がると、ルークは少しばかりよろけた。
ウェイトの差であろうが、そのよろけた隙にピオニーはルークを抱き寄せる。

「わわわっ」
「おーおーちっちぇーなー。もっと体重つけねーと襲われるぜ?」

デスクワーク中心の皇帝だろうがピオニーはしっかりと鍛えているらしく、そのたくましい胸にすぽっとルークはおさまってしまった。身動きが取れない。
挙句にルークの尻をすりすりと撫でだす始末。

「ちょ、陛下、やめてください!」
「どうせ暇なんだろ、ルーク?ちょっと暇つぶしに付き合わないか?」

耳に熱い吐息を吹きかけられてピオニーの意図が伝わってくる。
何考えてんだ、このダメ皇帝。
しかしルークがもがけばもがく程、しっかりと腕から出ないように抱き締められるのは当然で、動かない。

「暇じゃないですっ!何勝手に決め付けてんですか!」
「じゃぁ、命令すればいいのか。ルーク。勅命をやるぞ。俺と遊んでいけ」
「俺、マルクト帝国民じゃありません!」
「じゃぁ、お願いすればいいのか。ルーク。俺と遊ばないとジェイドが死ぬぞ!」
「それは脅しです!」

少しでも距離を稼ぎたくて、胸を押す。離れたい。というかジェイドの腕以外に抱かれたくない。

「もー放してください!陛下!!」
「そうですよ。陛下」

調子に乗ったピオニーがルークを抱き上げようとした瞬間、カツンと硬質な音が響く。
うわっと小声で漏らしたピオニーの腕が緩んだ瞬間にばっと体を離して、声の聞こえたほうを見る。そこにはジェイドがいた。

「ジェイド!」
「ルーク。お使いご苦労様でした。もう戻っていいですよ」

パタパタと子犬のようにジェイドの元に駆け寄ってきたルークの頭を撫でると、ピオニーを睨んだ。

「陛下。あまり遊んでいないで仕事に戻って下さい。少将が泣きますよ?」

溜息をつきながら自分の主である皇帝に言ってやると、彼はにやりと顔を歪ませる。

「随分、気に入ってないか?」
「えぇ大事な宝物ですから」
「ルーク聞いたか?」
「え?」
「ジェイドはお前を愛しているそうだ」



コチコチと壁にはってある時計の音が気になる。
静かな部屋に響くには充分な音だった。
眠るジェイドを見つめながら、思う。
愛が残るなら、消えても大丈夫かもしれない。
愛した証が残るなら、怖くないかもしれない。

「ジェイド……」

涙がこぼれていた。
知らず知らずに流れた涙がジェイドの頬に流れ落ちて、ジェイドが目を覚ましてしまう。

「ん……どうしました?ルーク」

ぼんやりとした目でルークの様子を伺うジェイドの手がルークの頬を撫でる。涙を拭き取られた。

「なんでもない。なんでもないよ、ジェイド」
「では、早く寝てください。明日も早いんですから」

ジェイドが自分の布団を上げて中に誘う動作をした。

「俺のベッドあっちだよ」
「そんな様子で一人で寝せるほど、私は冷徹人間ではありませんよ」

ジェイドの言葉に甘えて布団にもぐり込む。温かい。
その体温に甘えているとスルリとジェイドの長い手足がルークに絡まってきた。

「……!」

びくりとしたルークをなだめるようにジェイドの手が背中を撫でる。

「まったく、こんなに冷やして」

ジェイドが独り言のように言ってルークとぴったりとくっついた。
その体温がとても温かくて。

「ジェイド」
「はい?」
「お休み、な」
「えぇ」

首を伸ばして、その頬にキスを。
甘い夢と時間を。



END







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