『命が、また』
空から光が射していた。
突き抜けるような青空と、太陽と。
まるで、光のシャワーを浴びているような気分。
そう、それは、命のように、まばゆく。
「お前は死なない」
寝返りを打ちながら彼はそう教えてくれた。
罪の褥にその体を横たえて、束の間の愛を教えてくれたのも彼。逆らうことは許されない。
「ただ少しだけ眠るだけだ」
甘い囁きに毒の思考。それは誰の策略か。違う、自分の弱さか。
だからその林檎を食べなさいと言う。言われるがままに唇を寄せてその罪の味を噛み締める。涙が出た。
「どうしたのだ。ルーク?」
「……なんでもないっ」
溢れ出す涙で彼の顔は見えない。のどの奥がジリっと痛んで声が擦れた。
手に平に乗っている。しゃくり、しゃくり。林檎を食べていく。遊ばれているのは林檎なのか自分なのかは分からない。
長い髪が揺れた。朱色の焔が踊る。緑の目がかすれるように幻を見せる。
「いい子だルーク」
そう言って撫でられた頭はとうに霞がかっていて林檎がどの位残っているかなんて、思い出せない。
最後に「……」そう名前を呼んだはずなのに彼が笑っていなかったのが印象的で寂しかった。言う事を聞いたのに結局は、やはり捨てられてしまうのか。やっぱりダメなんだ。自分では。彼……本物に叶うはずがないのか。
歪められた真実。
あなたを信じてここまできたのに。どうして笑ってくれないんだろう。
まぶたが重い。だるい。考えたくない。それでも、捨てないで欲しい。
どうか、目が覚めたら、迎えに。
ガラスの棺は高級品だった。ただ彼の身分にしてみれば安い買い物であって、彼を失ったほうが痛かった。
「どうして、こんな結末になっちまうんだ!」
「お前が望んだんだろう、ガイラルディア」
かつて臣下だった男はガラスの棺の前で立ち尽くしていた男を、そっと抱き締めた。毒の林檎を勧めた唇で、善を働いたと囁いてくる。
前からそういう人間だったろうか。違う。前は小さな小鳥が死ぬにも涙を流した臣下だ。人など、増して教え子など殺せるはずがない。頭の中が混乱した。しかしどんなに考えても、目の前の棺に入っている少年は白い頬に朱の髪を散らして、固く閉じられた瞳が開く事もなく、口も開かない。絶対的な死。
その引き金を用意したのは自分。だけど。
「違う、違う!こんなのが見たかったんじゃない!!」
金髪の男は短い髪を振り乱して、器用に体を反転させて短刀を男の喉下へと突いた。
「では、本当は何が見たかったのだ?」
短刀から薄皮の切れた証のように赤い血が滴った。
金髪の男の目は理性を失いかけて、その口は怒りでわなないていた。それを見つめる男の目は、冷たい。
「俺は……あいつの笑った顔が見たかったんだ!」
まぶたの裏に自分を頼ってしか生きられない子供の残像が浮かぶ。だから
連れ出したのに。笑っていられるように、あの牢獄のような城からさらってきたのに。
「オリジナルは生きている。それでは不満か?」
「俺には、俺にはルークしかいなかったんだ!」
あいつのいない未来なんて、そう言いかけた唇はまるで言葉を一瞬忘れたかのように、声が止まった。
空から青い光が射していた。
心臓は動き出さないと、心が理解した。
「埋めてしまうのですか?」
慟哭の後に訪れた赤い瞳。短刀が力なく地面に刺さって、野ざらしになっていた。それは既に錆び付いていて。金髪の男の目も相当に錆び付いていた。それでも棺の周りの花は常に新しくかぐわしい香りをむせかえる程の黄金の蜜をガラスの棺に与えていた
。
「誰だ、アンタは」
ガラスの棺を守るように立つ。触れてはいけない。これは金髪の男にとっての宝物だった。特殊な譜術を使ったガラスの棺は中にいる人物の体の時間を止めていた。だから、全てが綺麗なまま。朱の髪も、閉じてしまっている緑の瞳も、その柔らかな四肢も、少年の体も。甘い血も柔らかい肉も、その臓器でさえも。
全ては自分のもの。今も昔も。目を覚ます時だって。
「名乗らなくとも分かると思っていましたが」
赤い目がその棺を見つめた。
男は若干白い肌に、珍しい紅い瞳。光に透けると蜂蜜色に染まる薄い茶の髪がサラリとなびく。
噂があった。ただ、それはただの噂だったという話で。まさか本当に。
「初めまして、ガルディオス伯爵」
優雅に男が会釈した。しかし視線に金髪の男が入るはずもなかった。その目は棺の中を舐めるように見つめている。
噂に違わぬ風貌。
優雅な腰つき。
死霊使いのー
「ジェイド・バルフォアと申します」
光が射した。
まぶたに注がれる赤い光。
その瞬間に手足に心に鼓動が戻って、世界が、命の光をくれた。
迎えに来た、その男の名は。