『イルミネーション・キス』
「なぁ、ローレライって誕生日あるのか?」
街中できらびやかなイルミネーションが輝いている中を久し振りに二人きりで歩いていた時、ルークが言い出した。
「突然どうしましたか?」
横を歩く恋人を見ながら、さり気なく繋いでいた手を確認する。手袋同士だから分かりにくいが、自分よりも幾分小さい手はきゅっと静かに握られたまま。
「いや。なんつーか、今日は街中がにぎやかだからアニスに聞いたんだ。何があるのか?って。そーしたらなんだか偉い人の誕生日だからプレゼントがもらえる日だとかー」
なんとか。よく覚えていないのかその口調はだんだんと怪しいものになっていく。
まぁたアニスの入れ知恵か。と思う。どうしようもない。当たっているんだか外れているんだかよく分からないアニスのいたずらまがいの入れ知恵は明らかにルークに悪影響を及ぼしている。
「なぁ。ローレライの誕生日なのか?んで、どうしてプレゼントもらえる日なのか?普通に考えるとあげる日だろ。誕生日の本人に」
繋がれた手をぐぃと引っ張られて立ち止まる。
自分に興味のある事は際限なく知っていたい彼らしいキラキラした目が眩しい。とはいえ、どこから訂正したものか。
「えとですねールーク」
キョロキョロと見回すと丁度良く赤い服を来て白いひげをたっぷりと生やしたサンタクロースに仮装した露店の店員がいた。それを指差しながら説明する。
「本来はあのサンタクロースという人が恵まれない子供達にプレゼントを配るのが始まりでして……」
「サンタクロース?ってあいつが全世界の子供にプレゼントやるのか?」
「いえ。彼は店の店員ですから無理ですけど」
「じゃぁ貰えないやつはどーすんだよ。不公平じゃないのか?」
……ガイやファブレ公爵をぶっ飛ばしたい気分になった。こんな国民的行事、どうして知らないのか。いや。これも外の情報といえば情報だが、帝王学よりもよっぽど庶民の事を知っていたほうが良い気がする。あのナタリアだって知っていたのに。今頃ナタリアは呼び出されたアッシュと良い雰囲気であろう。
「ルーク。詳しく聞きたいのならまた後日にしっかり答えてあげますよ」
ここで押しもんどうしていても仕方が無い。立ち止まっていた足を動かしだす。
ルークも不服そうに唇を尖らせているものの一緒に歩き出した。
「なんだよ。折角知ろうと思ってたのに」
「あなたが思うほど、この行事の歴史は浅くはないのですよ」
ユリア創生歴時代にまでさかのぼりますからね〜と付け足すとルークが「面倒かも……」と漏らす。
「まぁわかっている事はローレライの誕生日ではなくてキリストの誕生日だって事です」
「キリスト?」
「色々歴史が動いたり人々の風俗の考え方が変わり、今では多くの人がプレゼントを交換する日だとか、恋人と過ごす日だとか言ってますけどね」
「キリストって誰だ?」
歩きながら木に電飾の付いた綺麗なページェントをしている公園へと出た。
「今で言うローレライみたいな存在の子供です」
「はぁ」
「ユリアの位置にはヨハネでしょうか?」
「?????????」
「そういうのが延々と出てきますから、今度ゆっくりお話します」
益々混乱を呼んだのかルークが難しい顔をしている。その顔を見てクスリと笑いを漏らしながら公園の中心へと足を進める。
「さて、着きましたよ」
公園の真ん中。いつもは高々と水を出している噴水の水はすっかり止められて肌色の電飾で美しく飾られていた。公園にある木全てに電飾が灯されていて光の渦の中心にいるかのような世界に目が眩む。ルークは周りを見渡しながら目元に手で影を作った。
「うわっまぶしっ」
木が輝いて見えた。
空がやたらと暗く見えた。
公園の外の世界が異世界のように感じた。
そして。
「ルーク」
名前を読んでくれた彼はその眩しい世界ではっきりと見て取れた。蜂蜜色の髪は今にも光の渦に巻き込まれて消えそうなのに紅い目だけが、ルークを確かに見つめている。
「ジェイド……」
名前を呼んだ事に満足したのかにっこり笑ったジェイドはルークの顎にそっと手を当てた。
「誰の誕生日であれ歴史が変わったにしろ、それにあやからない手はありませんからね」
「?」
「メリークリスマス。ルーク。今宵、あなたが不幸な涙でその頬を濡らさない事を誓います」
「ジェイド?」
「あなたは?私に贈り物をくださらないのですか?」
「贈りものって……俺、何も用意してねーし」
「物質的なものはいりませんよ。あなたが今すぐに出来る事で充分です」
ルークはきょとんとしている。意味が分かっていないらしい。
だから顎に当てていた手でルークを顔を上げさせる。そして吐息までもが届く位置までに顔を寄せてやると……。
「ちょ、お前……!」
「あなたがくださらないなら勝手に頂きますね」
ぐっと腰を寄せて文句を言おうとした唇を重ねた。
「メリークリスマス、ルーク」
「……メリークリスマス」
かすかに上気した頬でルークは拗ねた口調に満足して再度の誓いのキスを。
END
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