『どうか、世界が』


「ジェイドの視界って赤いのか?」
「唐突になんです?」
「いや、なんとなく」

いつものようにベッドの中で震える背中を撫でていたら、ルークはぽそりと言う。
こういう時に話す内容はいつも心の奥にしまって滅多に出てこなくなってしまったルークの本音の部分で、しっかりと把握しておかないといつ暴走するか分からない。
視界と言っていたから、自分の譜眼と関係あるのかとジェイドは尋ねた。

「それは、私の眼が赤いからですか?」

腕の中でルークがもそりと動いた。

「それもあるけど……なんつーか、人を殺した数と視界の赤って関係あんのかなーと思って」

どうしたらそんな考えにいきつくのか。子供の思考が恐ろしい。そんな理屈でいったら、自分などとうに視界がドス黒い赤で覆われて失明しているだろう。

「面白い考えですね。ご期待に添えられませんけど」

色彩感覚も視力も矯正無しの正常値です、と付け足しておく。

「そっか」
「あなたの視界は赤く染まっていくのですか?」

目に異常でも出来たのだろうか?
人を殺す事になれていない彼は自分の異常を心理的要因と混合させてしまっているのかもしれない。

「ううん。違うんだ」

その可能性をルークは否定する。

「ただ、夕焼けが赤かったから」

ルークの思考は突拍子の無く、更にこの上ない所まで行ってしまったらしい。

「夕焼けは怖くて、このまま視界が赤く染まったら、逃げられなくと思って」

ぎゅっと、シーツを掴む手に力がこもっていた。ジェイドは止まっていた手を再びゆっくりと動かしだす。あやすように。優しく。

「夕焼け見てると今日何人殺したとか、顔が出てくるんだ。見ないようにしてたんだけど、どうしても」
「ルーク、落ち着きなさい」

震えだした体をぎゅっと抱いてやる。
窓からは白い月が青く室内を照らしていて、物音は会話とジェイドが背中を撫でる音。そして荒くなり始めていたルークの呼吸。きっと、赤々しい夕焼けを思い出したのだろう。
しばらくするとルークの呼吸も落ち着いた。

「ごめん……」
「いいえ。そんなに夕焼けが怖いですか?」

謝罪するルークを、慰める。何度目だろうか。

「本当は、最初は、綺麗だったんだ。ジェイドと同じ目の色だったから」

一言一言、呼吸が荒れないようにゆっくり話す。

「でも、その内気付いたんだ。アッシュも赤いんだ。だから、俺も赤いんだ」

弱弱しく、言う。
ルークの肩が震える。ぎゅっとジェイドの胸に押し付けられたルークの顔から熱い吐息を感じた。泣いているのだろうか?


「沢山、殺すから赤くなるのかな。赤ってなんなんだろう、夕焼けって、どうして赤くなるんだ?」

かすれた声で「夕焼けは視界が赤くなって怖いんだ」と言う子の背中を撫で続ける。剣についた血を、剣に付いた脂を取るときの彼の顔を思い出す。苦しそうだった。当たり前だ。切れ味が悪くなった剣を磨いて、また人を切るのだ。剣を道具としか思っていない自分と、剣を道具にする事で用途を想像してしまう子では、手入れの気持ちも全然違う。
この子は、赤に怯えている。よりにもよって、自分の色に。

「わたしは赤は素敵な色だと思いますよ」

珍しく、自分を語ろうと思った。

「赤は、朝焼けの色です」

語り始めたジェイドをルークは見上げた。

「赤は、生命の色です。赤は危険を表す色です。赤は火の色です。赤は……」

一呼吸置いた。

「赤はあなたの色です」

そして、私の瞳の色です。
撫でていた手を止めて、きゅっと抱き締めた。

「どうか世界が、血で染まらずに、素敵な夕焼けとなるように祈りましょうか」



世界が人工的な死で埋まらないように。
赤を怖がらないように。
あなたと同じ思いをしないように。


はらはらと落ちた涙が、肯定した。
ルークの震える手がジェイドの背中に回された。

「うん」




END







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