『大人的思考』
さて、どうしましょうか。
慣れた手つきで眼鏡を押し上げて、そのままあごの下に手を持って来てふむ、と溜息をついた。
薄々相手も気付いているようだからその分での苦労はしなくて良いようだが、欲は底を尽きないようで、それだけれは足りない。
言葉が欲しかった。
きっと向こうは「お互いに察しているが黙っている」この状況で満足しているようだが、それだけではこちらは全然足りない。
これは我儘なのか、それとも久しぶりに湧き出た人に対する独占欲なのだろうか。
とりあえず相手にはこの葛藤さえ届いていないのも何だか物悲しい。どうしてここまで考え来ないといけないのか。これが俗に言う「恋する乙女」状態なのだろうか。いや。「乙女」にするには年を食っているので自分としては「恋する中年」もしくは「恋するダンディ」とかを推奨したい。
……推奨でとどめておこうと思った。
いつの間にか眉間にしわが寄っていたので、それを軽く揉み解す。
「情けないですねぇ」
この状況が。そしてこの思考が。
もっと大胆にいけ、と心の中で誰かが囁く。
なんだかどっかの幼馴染みな皇帝陛下の鼻で笑う声が聞こえた気がした。
それで失敗しない保証があるなら、持ち前の不敵さでいくというのに。
嫌われるのが、こんなに怖い事だったなんて知らなかった。
「ん……」
となりのベッドがごそりと揺れた。
となりに眠っている想い人はベッドは窓際が良いと言って毎回必ず窓際に寝る。それは彼の部屋が大きな出窓から外の風景が見れた名残だろう。月明かりや、朝日が差す瞬間は起きているような節がある。……それでも朝は必ず寝坊しているが。
だから、自分の欲望に勝つのが精一杯だった。
月明かりの下で見る彼はあまりに小さくて頼りなかったから。
細い首筋に垂れる赤い髪や、未だあどけない寝顔で、どう己をセーブしていいのか苦労している。
確かに想いの面では満たされている。
ただ。
それ以上の先を知っている身としては、どうしても近づきたいわけで。
想っているだけでは、とても不安で、とても頼りなくて、絆も見えない。
もしできるのなら、あの瞬間だけでも自分と繋がっていればいいのに。そうすれば束の間の安堵感を得る事だって出来る。傍にいて、不安な思いもしない。
ただ、怖いのは実行して相手を傷つけないかとか、嫌われないか、とか。
恋するダンディも辛い。
ベッドの上の住人が「うぅ……」とうなり出した。今夜も悪夢が来てしまったらしい。
自分のベッドから降りて、赤髪の少年の眠るベッドに近寄った。
どうして悪夢ばかり見るのか。罪が重いのか。辛いのか。
自分だったら夢も見ないほどの疲れを与えられる。
悪夢に迷った子を助ける安堵感だって与えられる。
しかし。
今夜もこの葛藤と戦うのかと思うと、うんざりする。いつ切り出せばいいのだろう。というかこの、子供には理解できない思いがいつ解消されるのかと思うと、正直しんどい。
情緒面は著しく発達していない子ども。
さて、どうしましょうか。
力の入った眠っている少年の手を取ると、そっと口付けた。
この想いが叶わないのなら、せめて、この子の夢が自分に少しでも移るように。
悪夢を、軽くできるように。