『差し出してほしいもの』
「あーんってして」
そう言ってずいっとスプーンを差し出してくる姿は愛らしいけれども。これが果たして自分の年齢に合った行動かと言われたら、はなはだ疑問である。
スプーンの上にはカラメルソースがキラキラと輝くプリン。アニスお手製の味は折り紙つきの一品で、ルークもお気に入りのデザートだ。町に2〜3日滞在する事になると、何だかんだと理由をつけてはアニスのデザートを楽しみにしているルークが自分に一口でもおすそ分けというのは珍しい話だった。
「どうしました、急に」
スプーンを出されて咄嗟に頭を後ろにひっこめてしまったので姿勢が不自然である。
けれどもルークがそのままスプーンを頭の行った方向に差し出してくるので横に行ったり前に反れたり大変だ。
「ルーク?」
強烈はスプーン攻撃をかわすのは簡単であるが、ルークの口を割るのは難しいらしい。
彼は無言でスプーンを繰り出す。
「どーしました?」
「……」
「るーくぅ?」
「……」
しゅっしゅしゅ。
普段から前衛を任せているせいか勢いは中々落ちない。
仕方無しにがしっと手首を捕まえると、スプーンの皿の部分に乗っていたプリンが着地点を間違ったようにべちゃっとルークの腕に落ちて張り付いた。
「あぁ!!」
だんまりだったルークが途端に落ち込んだ。
それはそうだろう。お気に入りのアニスのプリンが落ちたのだ。
ショック以外の何でもない。
「で、どうしたんです? 私にあーんってさせようとして」
とりあえず、気にしないフリをする事にした。じーっとルークの顔を見ているとルークはやがてノロノロと視線をジェイドに向けて、一言。
「町歩いてたら、陛下とフリングス少将がやってた」
ん?
何か不思議な単語が組み合わさって出てきていた。
「陛下と少将が?」
こくん。
「陛下、すごい嬉しそうだったから。ジェイドも嬉しいのかと思って」
落ちたプリンが諦めきれないのか視線が自分の腕に落ちたプリンに注がれた。
しょんぼりしたルークは可愛いけれども、ジェイドの頭の中では違う事がうずまいていた。
まさか街中でやるとは思っていませんでしたよ、馬鹿陛下☆
呆れを通り越して、ため息しか漏れない。フリングスも何だかんだ言ってピオニーには弱いのが玉に傷だ。自分の上官がどんどんと私物化されていく。将来が暗いですよ、全く。
「街中でやっていた二人は置いておきましょう。というかあの二人を今後参考にしないように。陛下なんて半ば少将イジメですからね」
溜息をつきつつ、ルークの腕に落ちてしまったプリンを舌先で舐め取った。
「……!」
ビクンと震えたのでどうしたのかと見るとルークが真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。
「ルーク?」
「な、な、ななななな!」
「誰も食べないとは言ってないでしょー」
ためらわれたのもあったけれども。美味しいものは美味しく頂くのが道理である。
ルークとしては予想外の出来事だったらしい。
その様子が面白いので、カラメルソースが垂れてしまった腕を丁寧に舐め取ると、ルークの「じぇいどっ!」と咎める口調が聞こえてきた。どうやら違う方に解釈されたようで。
「ルーク? 顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
「お前のせいだっつーに!」
「ふふふ、光栄ですね」
綺麗になった腕を舌先から解放するとルークがばっと手を引っ込めた。
その様子にも苦笑してしまう。
だから、その赤くなった顔に顔を近付けて。
「スプーンよりも、私はその唇の方がほしいですけどね」