『小さいものは可愛い』


「親指姫は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

ぱちぱち。
部屋にルークの拍手だけが響いた。ホドでも有名な昔話を聞かせてくれとジェイドがガイに言ったのが始まりだったが、ルークにとっては妙にファンタジー色あふれる話に素直に聞き入ってしまった。隣りではジェイドが顎に手を当てて神妙な顔をして考え込んでいる。
ガイはやれやれと肩をすくめた。

「旦那、これでいいのか?」

と、話終わってから考え込んでいるジェイドに確認を取った。ジェイドはぱっと顔を上げると「ありがとうございます」と言ってまた考え込んでしまう。
ガイはどう致しまして、と頭を下げると考え込んでいるジェイドにお構い無しにたずねる。

「なんだって急に親指姫なんだ?」
「別に対した理由はないのですが」

顎に手を当てたまま視線だけルークに固定したジェイドがきっぱりはっきり言った。

「小さいものが可愛いのはどうしてなのか検証したくなりまして」

ガイとルークの頭にクエスチョンマークが付く。言いたい事はよく分かったが、意味がよく分からない。
それに気付いたのかジェイドが溜息をつきつつ、例の得意のにやりとした笑みを浮かべて続けた。

「ルークが小さいのに可愛いと思うのは私の眼鏡が曇っているのか確かめたかったんですよ」
「俺が小さいって……15センチしか身長違わないじゃん」

小さいといわれて不満なルークが指で15センチ間隔を作って自分の頭の上に乗せる。
171センチのルークだが男としてはやや小さい方に入ってしまう。それこそナタリアがいい例なように。それでも嫌いな牛乳を飲んでみたり、カルシウムの小魚をなるべく食べるように必死に努力をしてみたりしている最中での「小さい」発言はルークの元々高いプライドにチクリと刺さった。
そんなルークの行動を見てジェイドがクスリと笑った。

「誰が身長の話をしました?」

笑顔。
ルークはきょとんしているが、ガイの頬は一筋の汗が流れた。
おやじだ。ここにおやじがいる。と、ガイは焦る。

「ちょ、だんな……」
「まぁ男としては大きい方が嬉しいのも分かりますけれどもねー私としては矢張り小さい方が良いかと思います。私より大きかったら幻滅ですし」
「だんな!」
「親指姫の話を聞いてもしっくりきました。保護欲が湧くようですね。それが可愛いという錯覚感情をもたらして、相手の優位に働くように作用する」
「へ?」
「だからあなたのおねだりには逆らえないんですねー♪」

ニコニコといつもは説明を面倒くさがるのに、今日はとても饒舌に喋る35歳。調子が出てきたのか頭の中がすっきりしたのか、状況についてきていないルークの手を取ると目の前に元・使用人、現・マブダチ(自称)がいるにも関わらず、その甲にキスをした。
ぶわっとルークが真っ赤になるのを、ガイは見ていられず二人の間に割り込んだ。

「旦那!」
「ガイだってルークが小さい方が嬉しいでしょう?」
「うっ」

ニヤニヤと言われれば、まぁガイとしてはその通りで。というか彼がどういう意図でこの話題にしたのか分からないけれども、ガイが会話の流れで汲み取った意思がジェイドの意思に反してなければ、ガイとしてはお世話係りとして長い間、直接見てきたものしか知らないけれども、えっとやっぱり小さかったかもしれない。それを見てまだまだ子供だなぁと思ったかもしれない。
言葉につまったガイをほくそ笑むとジェイドはルークを真剣な眼差しで見た。

「ルーク。可愛いですよ」
「いや。会話が噛み合ってねーし」

そもそも議題はおろか何で小さい話とか、親指姫とか、というかガイが黙ってしまったりとかルークにとっては訳が分からない。
そんなルークにジェイドはいたずらっぽく囁いた。ガイにも聞こえる音量で。

「舐めると、喜ぶじゃありませんか」
「はぁ?」
「好きでしょう、いつもいつも可愛らしくおねだりして」
「っだ・ん・なぁぁぁぁぁぁぁ!」

ジェイドの話をさえぎって、我慢の臨界点を超えたガイが大きな声を出す。
自分のちょっと切なくてあまじょっぱい思い出のこもった子守時代を思い出していたら、いつの間にかジェイドの独断場になって健気なルークの耳のは毒な会話になっている。当のルークはまだ分かっていないらしいが、こちらとしては健全な育成に障害の出るものは遠慮させたい処。
というか、分かっていたけれど、ジェイドとルークはそんな仲なのか。蝶や華やと育てたあの頃のルークは大人になってジェイドに教育されているのだろうか。
現・マブダチ(自称)の頭の中は大変である。

「なんですかガイ。いいところなんですから邪魔しないで下さい」

明らかに面白がっているジェイド。にたにたしてる表情が恨めしい。

「確かに小さい方が可愛いし、ジェイドの言う通りかもしれないけど!」
「おや〜茸むくむく〜」
「話をそらすな!」
「あ、鼻血」
「ルーク、悪いですよ。ガイに(笑)」
「括弧笑いとか言うなー!!」

と言いつつ鼻を確認すると熱いものが垂れていたのは事実だった。

「やですねぇ。卑猥なガルディオス伯爵☆」
「ガイ、一体どうしたんだ?」

健気なルークは可哀相なガイの頭の中を気遣えずにハンカチを差し出す。それを見てふっと笑いをこぼしながらジェイドが言った。

「これで抜かないでくださいよ?」
「え、や。鼻血はちゃんと止めないと駄目だろ」
「ルークは本当に可愛いですね。ガイがそれだけで終わるはずないじゃないですかv」

やっぱり分かっていないルークは首をかしげるばかり。ガイの忍耐力もそろそろ擦り切れそうだった。しかし、差し出してもらったハンカチはしっかりと受け取って鼻腔からあふれ出す血を押さえる。

「旦那。本当に、一体何が言いたいんだ」

おちょくられている。というか完全に遊ばれているのは分かっていたが、このままではきっと健全に育てたはずのルークがジェイド色に染まってしまう。それはどうにか阻止しなければっと、元・使用人の心が命令した。
「元はと言えばガイ。あなたが親指姫の話をしたのがいけないんじゃないですか?」
「それは旦那が話してほしいって言ったからだろう!」
「それじゃガイの勘違いが原因ですね」
「明らかに旦那の意図的な会話のせいだろっ!」
「おやーいつ誰がそんな意図的だなんて言われる話をしました〜?」
「小さいのがどうのこうの言ってただろ!」
「あぁ。ルークの」
「そう、ルークの」
「俺の?」
「指の話ですよ」
剣術している割りには小さいですよねーと笑う男を、今日一番の殺気で睨んでやった。



END







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