『月夜の晩に』
「ジェイド、月が綺麗だよ、ホラ」
ベランダに出て何をしているのかと思ったら、ルークは空を指差して声を掛けてきた。どうやら空を見ていたらしいが、唐突になんだろうとジェイドは読みかけの書物を置いて、ルークの元に向った。
思ったよりも外は冷えていて、一歩踏み出しただけで吹く風が肌に刺さる。
「随分冷えますね」
「まぁ、夜だしな」
ジェイドが来た事が満足だったのか、ぎゅっとしがみついてくるルークの肌は冷たい。少しでも暖めようとルークの背中に回した手で背中をさすってやると、嬉しそうに肩をすくませるルークに腕に込めた力を強めた。
「こういう寒い日は空気がとても綺麗で空が高いそうです。だから月も綺麗に見えたんじゃないですか?」
改めて暗い夜空を見上げなおして高いところにある月を見る。
月は沈んだ太陽の光を浴びて暗闇の中を高く高く昇り世界を照らしている。ジェイドから見れば傲慢な夜の支配者であるが。
「そうなのか? やっぱジェイドって何でも知ってるよなー」
へーっと言ってルークはジェイドの腕の中で丁度いい位置を探す。
さぐり当てたらそのまま顔をじっと押し付けて息を整える。
これから聞きたいことは、とても恥ずかしいので大きな声じゃ言えないし、とても顔を合わせて言うなんて出来やしない。
「まぁ夢も何も無い話ですがね」
腕の中で動かなくなったルークを抱き締めた。そしてジェイドが寒いから部屋に入ろうかと言おうと思った瞬間。
小さな声が聞こえた。
「俺もさ、ローレライ解放したら、あんな風に綺麗に輝けるかな?」
そう言って、動かなくなる。
ジェイドは一瞬、心臓が凍る思いをしたが、目の前の彼は無事で。そして何よりいつもみたいに卑屈になって言っているわけではないと、分かった。
卑屈になっているならば、彼はどうしてこんなに照れたような行動を取るのか説明がつかない。
「ルーク?」
それでも質問の意味が分からなくて聞き返してしまったら、真っ赤に染まったルークが勢い良くがばっと顔を上げた。
心なしか、瞳が潤んでいるのは気のせいか?
「俺一人で世界を救っているわけじゃないのは分かってるんだ。でもさ、俺はやっぱり空に行くわけだろ。その時に、」
その時に。
一度声が止まってからルークが意思を固めたように大きく息を吸って吐いた。
「その時、俺はみんなを暗闇の中でも照らせるような、そんな存在になっているかな?」
みんなが不安の思っている時に不安を少しでも取り除けるかな?
照らしたい。道に迷わないように。闇に惑わされないように。
今、自分が綺麗な月に心奪われて一瞬世界を忘れてしまったように。
すがるようなルークの瞳を見ながら、背中に回した腕の力をさらに強めて、ジェイドは言った。
「大丈夫ですよ。貴方が願う姿に貴方はなります」
ありがとう。
ルークの言葉は吐息と共にジェイドの唇へ溶けていった。
どうせ輝くのなら、あなたを照らしたい。