『寂しいけれども素直になれないから。』
「……ク、ルーク!」
「え!? あ、何?」
突然聞こえた声に驚きながら目をぱちくりさせると、ジェイドが呆れたようなため息をついた。
「聞こえてなかったのですか? あれだけ呼んだのに」
「ワリィ、ちょっと考え事してた」
素直に謝ると、もういいですと言ってくれたものの眼鏡の奥の視線は冷たい。ちょっと本気で怒っているかも知れない。
ご機嫌を伺おうと上目遣いで見つめると(大概これで機嫌がよくなる)、ジェイドはぷいっと横を向いてしまう。何かとても重要な事を伝えようとしていてそれで、自分が気付かなかったのだろうか。
ちょっと怒っている。いや、かなり怒っているかも。
「じぇーいど」
「そんなに考え事が大事なら、珍しい事なので、しっかりきっちり納得のいくところまで考え込んでください。私の用事はそれからで結構です」
露骨に怒った表情をしている彼は、スタスタと部屋のベッドの上に投げてあった荷物の中から書物を取り出すと無造作にぱらぱらとめくりだす。
ルークがじっと見つめても無視を決め込む徹底振りだ。
これは本当に怒っている。今日に限ってどうしたんだろう。
「ジェイドってば」
座っていた椅子から立ち上がって、本を読み出したジェイドの隣に腰を下ろす。それでもジェイドは動かず、ルークがいないような素振り。
別に本当にどうでも良い事を考えていたわけで、きっとジェイドの方がよっぽど大事は用事があったに違いない。それに一度考え事が切れたら、そのまま霞の様に内容は消えていってしまうわけで。
声をかけられた事によって逆に暇になってしまったのだけれども、それはどうしよう。
「ジェイドー」
影を作ったり、本を覗き込んだりしてもジェイドは動かない。
だから。
最終手段だとばかりに頬にキスした。
すると。
「なんですか」
ぶすーっとした声で目は本から離さないでジェイドが口を開いた。
その様子がおかしくてたまらない。一体どうしたというのか。普段の彼からは想像も出来ないような態度に思わず苦笑がもれる。
「ジェイド、機嫌直せよ」
ジェイドの手を取って自分の頬にすりよせると、ジェイドが手をぺっと離してしまう。
あくまで素っ気無い態度なのはいつも通りなのだが、目が、なんだか違う。
これはそう。
「もう考え事はいいんですか?」
珍しい事なんですからもうしばらく頭でも使っていなさいと、どうでもよい口調で言うジェイド。
これって……もしかして。
「ジェイド、拗ねてる?」
一瞬の沈黙。
それが全てを物語った。
「……」
ジェイドが眼鏡の奥にある瞳を細ませて、確かにその目に体温は感じられないけれども確かな肯定を隠すような焦燥感がみてとれて。
今日は珍しい日だ。
本から視線を離さないジェイドがこんなにも可愛い。
「ジェイド。散歩でも行こうっか」
「考え事は……」
「もういいっつーの。行こうぜ」
本を取り上げると、やっとジェイドと目が合った。眼鏡が光って一瞬の表情が見えなかったけれども。
きっと確かに。
「仕方無いですねぇ」
いつも通りの裏には照れ隠しの笑みがあったに違いない。