『甘いもの』
甘い気持ちでちょっとだけ。
そう思って手を出したつもりが、どうにも止まらなくて結局半分以上食べてしまった。
どうしようと焦っていても仕方が無いので仕方なくテーブルの上に放置してしまうが。
これじゃやばいよな。
動悸が少し早くて落ち着かない。早く改善策を練らないと帰ってきてしまう。
「えぇっと」
お皿をあっちこっちと運びながら、ウロウロ。
慣れないホテルではいい隠し場所も思いつかないし。これじゃアニスに怒られてしまうし。
第一に二人で食べてねと貰ったケーキを一人で半分以上食べてしまったのは実際かなりの罪悪感が付きまとうわけで。
しかし、ちょっと図書館に行ってきますと出かけたジェイドを待ちつつ甘いクリームの匂いを漂わせる誘惑に勝てるはずも無かった。
早く帰ってこないと食べちゃうぞーっと一口。
まだかなーと一口。
確実にケーキは減っていくわけで。気付いたらこの量。彼になんて謝ればいいのだろうか。いや謝るというか、この半分になったケーキが元はちゃんとしたケーキであった二人で食べるようにアニスがわざわざ持って来てくれたものだと説明すればいいのか。
「どうしよー……」
あうーと首を捻っていると聞き慣れた足音がした。鉄の仕込まれたブーツが絨毯をしずませて歩く音。
帰って来てしまった。
「えと、えと〜」
動悸はどんどん早くなるもので、どうしたらいいのか分からない。
コンコンと礼儀正しいノックの音が聞こえる。
「ルーク、帰りましたよ」
ガチャリ。
扉が開いた。
「……何してるんですか?」
ジェイドの呆れた声が部屋に響いた。
「えっと……かくれんぼ?」
思わずケーキの乗った皿をクローゼットに仕舞い込み、さらには自分までクローゼットに入ろうとしている図を見られてしまう。
ちょっと、慌てすぎたかもしれない。
「誰とですか?」
「えとー……俺が一人で」
そのままの体勢で動けないルークに理解できないといった表情をしたジェイドは「いいからこっちに来なさい」と手招きした。ケーキを見られないように動いた。掛けていた足をゆっくりと地面に落として、慎重に扉を閉める。
これで見られるはずはない。大丈夫。
「どうかしたのか?」
手招きしたジェイドの傍まで寄ると、黙っていても居心地が悪いルークは先に切り出す。なんというか落ち着かない。動悸も落ちつかない。変な汗が出てくる。
「先ほどアニスとそこで会いましてね」
ルークの体がびくっと跳ねた。今ここでその名前が出るなんて!
「? どうかしました?」
「いっいや」
「ケーキを焼いたのをルークに渡したと言っていたのですが……」
やっぱり。
予想通りの話題に混乱の絶頂にたったルークはがばっと頭を下げた。
「ごっごめん!」
するときょとんとするジェイド。
「そのっ。我慢できなくて、美味しそうだったから!」
「ルーク?」
「あ、でもちゃんと残してあるんだ!苺の乗った所!」
ルークの慌しい動きを眼鏡の奥から見つめるジェイド。というか口元にかすかな笑いがこみあげているのをルークは見つけていない。いっぱいいっぱいのようだ。
ルークはさっきのクローゼットを開けるとケーキの乗った皿を取り出した。もう頭の中は言い訳でいっぱいで自分でも行動が分かっていない。
そのままの勢いで「はいっ」とジェイドに皿を差し出すと、ルークの行動に納得のいったジェイドは声をたてて笑い出した。
「ははは!」
「なっなんだよっ」
自分の行動が笑われているようで(実際わらわれているのだが)、真っ赤になってルークは大声を出した。
すると目元に涙まで浮かべたジェイドが「済みません」と謝ってきた。
「つまり、アニスに貰ったケーキを私の帰りが待て無くて少し食べてしまったのでしょう?それで言いにくくてどうしようと迷っていたら私が帰ってきて一人でかくれんぼをしていたのですね」
意地悪く、それでもって笑いが止まらないようで真っ赤になったルークを前に腰を折って口元を押さえて笑い続ける。
「だからごめんって!つーかいい加減笑うのやめろよ!」
ケーキの乗った皿を手短な場所に置いて、ジェイドをぽかぽか叩く。するとやっとジェイドは笑いを収めてくれて、何故かルークの頭を撫でた。
「私の分を残して置いてくれたんですね、有難うございます」
「いや、だって。先に食べちゃったし」
「ルーク。私が始めに言いたかったのはですね」
急に礼を言ったジェイドに照れを感じだのかうつむいてしまったルークに、ジェイドはテーブルからケーキの乗った皿を取るとルークに差し出した。
「今日は胃の調子が良くないので一人で食べていただけませんか、と言いたかったんですよ」
ルークが「え?」と顔を上げるとニッコリと微笑むジェイドがいて、皿を両手に持たされる。思わず皿とジェイドを交互に見てしまう。
「美味しかったのでしょう? どうぞ、全部食べてください」
ジェイドの為にナプキンに包んだままになっていたフォークを握らされる。
それでも動かないルークを見て、ふむと思案するジェイド。
「なんなら私が食べさせてあげましょうか?」
「……! いい!一人で食べられる!」
ジェイドの手がフォークに触れる前に急いでベッドに座って、皿の上のケーキをぱくぱくと食べる。なんか一人で勘違いして慌てて……なんか馬鹿みたいだ。そう思いながら甘いクリームのついたケーキを口に運ぶ。
「あなたの気持ちだけでおなか一杯ですよ」
それを眺めていたジェイドがこそりとそう漏らした。
END
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