『贅沢な気分』
砂漠のオアシスに立ち寄って物資補給をしている中、ルークは泉のほとりでキラキラと光る水面を眺めていた。
アルビオールのファンの音が遠くで聞こえて、調子を見ているのが分かる。砂漠の砂が入り込んでいれば整備も必要になってくるからだ。
仲間達もそれぞれに休憩を取ったり、情報を集めたりと散り散りになっている。しかしルークだけは一緒にいる人物がいた。
「ジェイド、そろそろさ」
座っている自分の膝を枕に日陰で休んでいる男に声をかける。
具合が悪いと言って少し休むと言ったのは良かったが、この状況はいいのだろうか。
暑い日差しの中で軍服をきっちりと着込んでいるのも悪いと思って、上着だけでも緩ませたのだが男はルークの膝を借りたいと申し出てそのまま瞳を閉じてしまった。
なんといういか自分のおかれている状況が分からない。ついでに言うと、この男の考えも分からない。
わざわざオアシスで膝枕という発想が分からない。
ルークが声をかけると、男……ジェイドはメガネの奥にある赤い瞳をゆっくりと開けた。
そうして一言。
「いい天気ですねー」
「は?」
思わず声が大きくなった。
なんだというのか。確かに砂漠の雨は相当珍しいし、今日だって雲一つない晴天だが、突然どうしたのだろう。
そもそも砂漠が晴れていなければ立ち寄りもしないだろう。ここに。
「このままここでゆっくりしていきたいくらいですよ」
わざと「よっこいしょ」とルークの膝から起き上がる。
ぼさぼさになっていた髪を手で撫で付けて、眼鏡の位置を調節しているジェイドをルークは思わず見つめる。彼は、疲れているのだろうか。そうかもしれない。
そうじゃなかったら、こんなに不可解なジェイドになるはずがない。
「大丈夫か? 起き上がれるか?」
「もう起き上がってますよ、ルーク」
苦笑しながら、服に付いた砂を払い立ち上がるとジェイドはルークに手を貸す。
その手に掴まって立ち上がりながらルークはジェイドの顔をまじまじと見る。本当に大丈夫だろうか?
「大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫ですよ。すっかり元気です」
キラキラと光る水面が眩しいのかジェイドは目を細めながら、泉を見る。そして、その奥に見えるアルビオールまでも見てため息をつく。
それを敏感にも聞き取ったルークが慌ててジェイドの服を掴んだ。
「やっぱり無理してんじゃねーか! どうせなら、今日はケセドニアまで行って休もうか?」
「平気ですよ、それに燃料が勿体無いじゃないですか」
「だって……!」
「ルーク」
スタスタと歩き出してしまうジェイドに引きずられるようにして木陰から出る。
「ジェイドっ!」
「大丈夫です。というか、本当はなんでもないんですよ」
歩調は緩めないで、ジェイドはまっすぐにアルビオールへ向かっていた。他の仲間は全員補給も終わり、アルビオールに乗り込んでいたからだ。その言葉に戸惑っているルークにジェイドが続けた。
じゃ、なぜ。
「あなたと少しゆっくりしたかった。それだけで私が体調を崩した理由にはなりませんか?」
「へ?」
「最近スケジュールが大分押してますからね。街でもよくて3日休めればいい方です。全然ゆっくりしていないじゃないですか。私だって、ゆっくりしたいんですよ」
あなたとね、少しだけ後ろを振り返って付いてきていたルークの手を取る。そしてぐいっと引っ張る。
わわっと前のめりになったルークを抱きとめて、耳元に囁く。
「中々贅沢な気分でしたよ、泉のほとりで貴方の膝枕」
今度は湖のほとりの離宮でも借りますか。
陛下に頼んで。
そうふざけた様に言ったジェイドの顔を信じられないと見るルークに、柔らかいキスを降らせた。