『幼児プレイ』
「じぇーいどっ!」
遠くからこちらを見ているのに気付いたら、いてもたってもいられなくて名前を呼んで手を振ってしまった。彼は微笑むと手を振り返してくれたから、気持ちの衝動も抑えられなくなって走って近寄った。
「そんなに急がなくとも、いなくなったりしませんよ」
ジェイドは苦笑した。いっつもみたいな「しょうがありませんねぇ」という顔で。
いやさ、なんつーか理屈じゃないんだって。行きたいから行くんだって。
へててと笑ったルークに「転んでも知りませんよ」と頭を撫でてくれる手が気持ちよかった。
「そういえば、あそこで何をやっていたんですか?」
「聞いて驚くなっ! 紙芝居を見てたんだ!」
胸を張って答えたら唖然とされた。
何かおかしな事言ったかな?
自分のいた広場の中心には、古くからの伝統とか言って不思議な形をした乗り物(それは自転車というらしい)の椅子の部分の後ろの平らな所に四角い額縁のような物がついていてその中にイラストだけが大きく描いてある紙が場面に合わせて次から次へと展開されていた。語り手は年を取ったおじいさん。でも充分迫力があって面白い。ホドから伝わった文化らしくガイから話は聞いた事があった。しかし見るのは初めてで迫力に取り付かれて見入ってしまっていたのだ。
「紙、芝居ですか」
ジェイドが紙芝居をやっている広場の中心を見る。話が佳境に入ったのかそこにいる子供達がわぁわぁと歓声を上げている。
そう、いるのは子供ばかり。せいぜい10歳未満の子ばかりである。
「すっげーの! なんか、本当に目の前で起こってるみたいなんだぜ!」
絵本で絵だけは見た事あるけど、全然違うのな! 目を輝かせているルークの顔を見て言おうか言わまいか悩んでしまう。
紙芝居とは決まってはいないが対象年齢というのがある……と。別に大の大人が見てはいけないという訳ではないが、その場にそれなりの年齢の人間がいればかなり不自然であるわけで。仕事に忙しい親の代わりに彼らが子供の世話をみていてくれているわけで。
「ジェイド?」
何も言わなくなったジェイドを怪訝そうに見つめるルーク。
と、紙芝居が終わったらしい。子供達が手に水あめを持って広場に散っていく。
「あれ、なんだろう」
ルークの興味が水あめへと切り替わる。
「水あめ、ですよ。甘いお菓子ですね」
「! 俺貰ってくる!」
ジェイドが止めようと差し出した手もむなしく走っていくルーク。
あぁ、そこらの子供と何も変わらない。年相応の行動は取ってくれないのだろうか。
眼鏡を抑えつつため息をついていると、ルークが棒に絡みついた光りにキラキラと照りかえる透明な飴を二つ持ってきた。どうやらジェイドの分も持ってきたらしい。
「はい!」
笑顔で渡されたら受け取らないわけにもいかない。
適当な日陰に移動して座りやすい場所に腰を降ろした。実年齢はともかく軍人と青年が広場の片隅で水あめとは中々無い光景で、子供達も微妙にこちらを見ているのだがルークは気にしていないらしい。
ジェイドが懐かしいですねぇと受け取りそのまま口に含んだ。
ジェイドの行動を見てから真似して口に含むルーク。しかし上手く食べられないのか飴は棒に絡みつかずに口の中でも大変なことになったのか慌てて棒をあっちこっちへと動かす。
自分はこのまま舐めるのが好きだが、彼には難しいのかもしれない。
「ルーク、水あめはこの割り箸を割って、よく練るんです。そうすると白くなって固くなりますから、そこからゆっくり舐めるといいですよ」
手本を示す為に棒を口から離して、説明どおりに棒……割り箸をパキっと二つに割って練る。
「や、やってみる」
既に手が飴でべとべとになってやりにくそうだったが、ルークはそれでも割り箸をパキ……と左右不対象にわりつつ、練り始める。それは真剣な眼差しでグリグリと透明な飴に空気を入れる。
「なぁ、これ楽しいのか?」
「こうやって手元で作業しながら子供はお喋りするんですよ。紙芝居の感想とかね」
グニグニ。
だんだん固まってきてはいるがまだ時間がかかる。
「感想っつたって、絵本で読んだ事あるやつだし」
「あなたの場合、自分で読んだんじゃ無くてガイが読んでくれたんでしょう」
「うっうるせーな」
だんだん力がいるようになってきた。割り箸は今にも折れそうで危なっかしい。
恐る恐る作業をしていると飴が白くなってきていた。
「あ、そろそろ食べてもいいのか?」
「えぇ、どうぞ」
充分に固まった水あめを口に含むと、先ほどとは違って口の中がどろっとせずに自分が知っている飴の様な食感がした。それでもかなり柔らかいが、困る程度ではない。
「甘くてうまいな〜なんか新鮮な食感だー」
「珍しいでしょう。これが完全に固まると一般で売っているような飴になるんですよ」
ジェイドも固まった飴を口に入れる。
「私は柔らかい方が好きですね」
「俺は固まってる方がいいかも。ベタベタしたし」
「それは食べ方が悪いんですよ」
「悪かったなっ!」
「まぁ何事も経験ですよね」
ジェイドはさっさと飴を口の中で溶かしてしまって、割り箸をぱきっと真ん中から折った。
「ん?」
「紙芝居も水あめも、小さい内に何でも経験しとけば大人になった時に困りませんから」
「子ども扱いすんなっつーの!」
立ち上がって、尻をポンポンと払う。
「充分子供ですよ。あ、水あめでアクセクしていたのは大人っぽかったですけどね」
にっこりと笑われる。
なんの事か分からないで首をかしげていると、ジェイドの顔が近付いてきて頬をザラリと舐められた。うわっと振り払うと衝撃で舐めていた飴の棒も落としてしまう。
「なっなにするんだよ!」
「飴が付いていたんですよ。気を付けて下さいね」
「だからって舐め取る事ないだろ!」
もったいないーと落ちた棒を拾った。砂が付いていてもう食べられそうに無い。
「どうしてくれんだよー」
「気に入ったのなら、後で色が付いた水あめを買って差し上げますよ」
ルークの手に持つ棒を取り上げるとまとめてゴミ箱に捨てに行こうとするジェイドの背を慌てて追う。
「色つきのもあるのか!?」
「えぇ、味ももう少し種類がありますから宿屋でゆっくりと頂きましょうね」
何をたくらんでいるのかジェイドの微笑みは怪しく輝いていたという。
午後のひととき。