『やきもち』
「あちー……」
何度と無く漏らされた言葉。
その言葉で全員が一斉に振り返る。
「ルーク、ソレさっき禁句だって、お前自分で言ったばかりじゃないか」
流石のガイも呆れ顔である。
ルークは思い切り頬を膨らませると「だってよーあちーもんはあちーんだって」暑いものは暑い、それは当然である。ザッホレ火山で気になった事がある、と言ったジェイドに付き合って来たものの全員この暑さには閉口していた。
そして暑さを感じさせない男は黙々と中の様子やら時折おちている石や石版の欠片の様なものを拾っては眺めて考え事をしてる。
「本当に暑いわね…」
いつもは文句一つ言わないティアでさえ、衣服の襟元を緩めてパタパタとあおいでいる。
「ティアはまだ足を出しているからマシでしょう…」
全身肌を見せないように衣服で覆われたナタリアはスカーフを外して首元から空気を入れているがあまり効果は見えない。
「ホラ、ルーク。お前が一番マシな格好してるんだって」
ガイも手袋を外して自分をあおいでいる。
「でもよー、あっちーもんはあっちーんだよ」
「みなさん、そんなに暑かったら水着になればいいでしょう。どうせ他の冒険者など来ませんから」
石を眺めていたジェイドが顔を上げてパーティを見やる。どうやらいくつか資料として持ち帰るらしく手さげは少し質量が増えていた。
ソレを見てルークが喜ぶ。
「終ったのか!?調査!」
するとにこりとジェイドが酷い事を言う。
「いえ、もう少しかかりますので。モースが使っていた場所ありますよね?あそこまでお付き合い願います」
モースが研究用に使っていたのであろう机や資料が置いてあった場所といえば確かに他の場所よりは涼しいが、その分じめっっとした肌が気持ち悪い感じがするのでパーティーはあまり好んでいない。なのに彼は「いやーこの辺りの魔物は強いですからねー」とさっさと先頭を切って歩いて行ってしまう。
そう思うのなら火山入り口からわざわざ火口付近を通らないでダアトの隠し通路から一人でホーリーボトルでも何でも使ってくればいいのに、と全員一致で思ったのはジェイドに秘密である。
「水着かー男共はいいけどさーうちらは着替える場所もないもんねー」
「そうね」
トクナガを背負っている背中がむれたのか、トクナガを引きづりながらアニスが歩く。同意するティアも暑くて仕方がないよりはジメッとした場所でじっとしているのが良いと思ったのか歩き始める。
「俺は着替えるの一苦労だしなぁ」
ガイがスタスタと歩き始める。
「つーかルークだけだろすぐ着替えられんのって」
「俺ぇ?」
確かにタオラーは下だけ履いて後は頭にタオルを巻いたら終了なわけで、あっという間に着替えは終るだろう。だがしかし、問題があるわけで。おいほれと着替え出来るものでもない。
「お前が一番暑い暑い言ってんだからお前だけでも着替えたらどうだ?」
ガイが振り返りならがら言う。
この瞬間にはっきりとルークの中でつじつまが合った。どうして彼がいきなりこういう行動に出たのかはっきり分かった気がした。恐らく、この憶測は外れない。
しかも、彼が自分にやらせたい事だって分かってしまったのだから始末が悪い。
「おいてくぞ、ルーク」
そうしてガイがスタスタと先を行ってしまうので慌てて追いかけたルークだが、このままではいつもでもザッホレ火山から出られない事も分かっている。
どうやら意を決しないといけないらしい。
「あら、ルーク。今日は頭にタオルを巻かないんですの?」
ナタリアが感心したような口調で言った。元々タオルを頭に巻いた格好に不平不満を漏らしていたので、その反応は上々だった。他のメンバーもルークがタオルを頭に巻かずに首元を覆うように巻いているのに驚いたようだったが、この暑さで汗が止まらないと判断したのか特に何も言ってこない。
それをチラ見したジェイドは不適な笑みを浮かべる。
「ルーク、珍しいですねー。どうしたんですか?そんなにべったりと巻いたら暑いでしょうに」
しゃぁしゃぁと言ってのけるジェイドに一つ睨みをきかせながら「早く調査終わらせろよ」と言ってやる。
モースの使っていた場所は大した物は残っていなかった。しかも、惑星預言をイオンが最後に詠んだ場所でもあり、あまり良い思いはしない、せつない感情が胸をしめつけた。そしてジェイドもルークのその格好に満足したのか早々に立ち上がって「もう充分ですよ、有難うございました」と言う。
一向はゾロゾロと出口を目指した。ダアトに出てもいいが、それではノエルとはぐれてしまう。しんがりを守るのはジェイドとルークで、ルークは以前タオラーのままである。
「その、ごめん」
「何がですか?」
隣りを歩くジェイドに謝罪を入れるとジェイドはつーんと正面を向いたままルークを見ようともせずに、返事をした。
「昨日、寝堕ちして……」
いつもだったら一緒の部屋の時は最後まで起きていて、眠る時はジェイドの腕の中に入ってから眠るのだが、昨夜は中々ジェイドが解放してくれなかったのと体力の限界とで先に意識を飛ばしてしまった気付いたら朝だったのだ。それが彼の癪に障ったのだと思っていた。
「そんなの関係ありませんよ、私もしつこかったですし」
ん? じゃぁ何で?
首が横に曲がる。
どうしてこんな罰ゲーム的はことをやらされるのだろう?
「足に付けた痕と鎖骨に付けた痕、みんなに見えましたか?」
これが一番着替えたくなかった理由。服のラインギリギリに付けられた痕が今も消えないで残っているのだ。タオラーになって派手に動けば見えてしまう。それが嫌で文句言いながら着替えるのをしぶっていたのだが……。
「とりわけガイには見えましたかねぇ」
思案するように顎に手を当てて言う。ルークにはさっぱり分からなかった。
「はぁ? だから分かんねーよ! 何怒ってんだよ!」
逆切れしたルークが声のヴォリュームを上げた。幸い仲間には声が届かなかったらしく、誰も振り返らないがジェイドは面白そうに笑った。
「そんなに今の会話を聞かれたいんですか、ルーク」
睨みつけるとジェイドがふーとため息をつく。
「寝言です。あなた寝言でガイの名前呼んだでしょう」
意外にもすんなり答えたジェイドにルークは拍子抜けすると共に「はぁ?」と間抜けな声を出してしまう。
「私と一緒にいるのに私以外の夢を見られるのは非常に不愉快なんですよ」
そんな不可抗力な事でこんな事をされるのかと思うと腹立たしいがその滅多に見せない幼稚な嫉妬心に自然と笑いが漏れてしまう。
「なんだよ、その理由」
くはは、と抑えきれない笑いが出てくる。照れているのかジェイドは眼鏡を上げる振りをして目元を隠してしまう。
「ですから、ルーク」
威厳を保ちたいのか声色を厳しくして言うが、ルークには言い訳にしか聞こえなくてその愛らしさに腕を絡ませる。
「気をつけるよ、気をつけるから、ジェイド」
ジェイドが顔をそむけた。ただ組んだ腕だけがしっかりと絡まっていて。
こんなハラハラさせるお仕置きをやったジェイドに、こんなに愛情を感じるとは思わなかったルークだった。
END
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