『子供の浅知恵』
「ちゅーして」
たまには良かろうと寄ったバー。大人の付き合いだって覚えないといけないととメンバー一同でずらっと横一直線に座った。とはいっても殆どが未成年の集まりなので飲酒は限られた者だけだったが、王族2名は既にそれなりに嗜み程度には飲む機会があり、当たり前のように注文はアルコールを頼んだ。
ナタリアも意外といける口らしく静かに飲んでいたが、その頬は微かに赤みが掛かっている。ルークも弱い……というほどではなかったが安物酒は無駄にアルコール分が高いらしく、既にろれつが怪しい。
「ちょ、ルーク!」
隣りに座っていたティアに赤い顔をしてにへらっと笑っている姿は誰から見ても愛らしいが、言っている言葉は大分危険だった。
カウンター席なのでバーの主人が驚いた顔をしているのにガイが慌ててフォローを入れて、ルークをたしなめる。
「ルーク!ティアだって迷惑がってるだろ!大人しくしてろ!」
ティアに抱きついて嬉しそうに懐いているルークを背後からバリバリと剥がそうとするが、ルークがイヤイヤと悲しそうな顔をして首を横に振ると、たとえ酔っていようとも何とも気が引ける。酔うと本来の年齢により近くなるらしい。
「へールークってば可愛くなっちゃうんだね」
子供は駄目とソフトドリンクをすすっていたアニスが身を乗り出してルークを見る。
「これしきのアルコールで酔うなんて……情けないですわ」
そう言ってナタリアは手元のグラスを空ける。既に何杯目だろうか。顔は確かに赤いがまるきり酔っているわけではなく、単なる生理反応らしい。あまり入った事のないバーを珍しがってカクテルを片っ端から頼んでいる。
「ってゆーか、ルークが弱いんならアッシュも多分アルコール弱いと思うんだけど…」
アニスの冷やかな視線も気にしないで、出された桃色のカクテルに口を付けるナタリア。
「ルーク、眠くなってきたの?」
ティアに抱きついたまま反応が少なくなってきたルークに、ティアが話しかけるとかったるそうにコクンと一度だけ頷く。ティアがよしよしと頭を撫でるとルークも擦り寄ってくる。
「しょうがないわね……」
そう言いながらも嬉しそうなティアが母親のようにルークの肩をポンポンと叩く。
「ここで眠っても、すぐに起きなきゃならないから先に宿屋に戻る?」
フルフル。
「ティアと、いっしょにまだいる」
眠そうにゆっくり喋る。
「でも貴方このまま寝てしまいそうよ?」
「やぁだ。まだいる」
ルークがトロンとした瞳でティアを見上げる。あぁ、可愛い。普段の雑っぽさが抜けて幼さだけ残った彼は犯罪だろう。
気を利かせたガイがお茶を頼んで、ティアの元に持ってくる。
「ルーク、飲んで。お茶よ」
ルークに渡せばルークは唸りながらも、渡されたお茶を飲む。グラスの半分ほどで、グラスをカウンターに戻して、矢張りティアにまた抱きつく。
「ルーク!」
「ティアの側が安心するんだ…」
言葉がだんだん弱くなっていって、最後はすーっと眠ってしまう。
「もー仕方ないなぁ」
口調が素に戻って、しかし顔は嬉しそうな表情のままルークを安定させようと動くと、今まで黙っていたジェイドがティアからルークを離す。
「え…大佐?」
眠ってしまったルークを抱き上げて、ティアに一礼する。
「どうやら眠ってしまったようなので私が先に宿屋に連れて行きますね」
瞬間にティアの目つきが変わる。先ほどまでは可愛い子を愛でる優しい目だったのに、ジェイドが行動を起こした途端に鋭利な刃物のような視線でジェイドを射抜く。
「大佐。私でもルークを運べるので私に任せていただけませんか?」
「いえいえ。これでも17歳の成人男性ですよ?女性の細腕には厳しいと思いますよー」
いけしゃぁしゃぁ。これではいい所取りだった。
そして恐らくティアとジェイドを勘違いしているのだろうか?寝ぼけているルークがジェイドにすがりつくように擦り寄った。
「……ん…好き」
それはティアに向けられた言葉なのかジェイドに向けられた言葉なのか、いや話の流れでいけば明らかにティアに寄せられた言葉なのだが、ジェイドはそうは受け取らなかった。
「はい、私も好きですよー」
更に腕に込める力を強める。
「では、そういう事なのであとはみなさんよろしくお願いしますよーv」
強引に話をまとめるとそのままバーの扉を押し開けて行ってしまう。
「あとは頼むって…何が…」
ガイがジェイドが出て行った扉を見つめながら漏らした瞬間。
「ほーほほほ!もっと強いお酒はなくって!?」
甲高い女性の声が聞こえた。聞きなれた声だったが振り返ればその惨状が伝わってきそうな口振り。
「わわっ、ナタリア!椅子の上に立ったら危ないよぅ!」
「アニス!わたくし、今なら空だって飛べますわよ!」
「どわっ、落ちる!落ちるから!」
「わたくし、わたくしはやりますわ!お父様!わたくし今から空を飛ぶのです!」
ガイとティアの重いため息がナタリアの笑い声に消された。
「ルーク」
部屋のベッドに沈ませると、人肌恋しいのかジェイドの腕を離そうとしないルークにそっと話しかける。
「ん?……んーじぇいど…」
目がそっと開けられる。
意識がはっきりしてきたらしい。
「今度から貴方とナタリアは飲酒禁止ですね。みなさん、そう思ってますよ」
苦笑しながら言うと、ルークがジェイドの袖をくぃっと引っ張る。
なにかボソボソと言っているので、その口元に耳を寄せた。
「きすして」
潤んだ瞳で、そう言った。もしかしたら。しかし、ただの深読みだろうか?そんなはずもない。だって、あの時彼はティアに向かって言っていたではないか。
「ルーク、もしかして……」
ジェイドが言うとルークが照れたようにぷぃっと横を向く。
これは一芝居打たれた。
「いやだったらいい」
思えば、抱きあげた時すぐに腕を掴まれた気がした。「好き」と言ったタイミングも良すぎたのではないか?
「これは…やられましたね」
照れているルークの頭を空いている手でそっと撫でる。
「キスだけでは済みませんよ」
そう言って温かい彼の額に口付けるのだった。