『あなたの香り』
アルビオールがあっていくら移動が早くなったからと言っても大陸から大陸まで移動となると給油地などは必ずチェックしておかないといけない。
それと同様に食料や水だってしっかりと管理しておかないと旅が危険になるのは変わらなかった。
そして、汚れ物だって溜まる時は溜まるものである。
天気も良くて森の中に小川を見つけた時に一度衣類をしっかり整理しようという話になって一向は森へと立ち寄った。
森の何箇所にか鈴をつけて風に遊ばせれば、臆病な動物や魔物は寄ってこない。
人間だって見通しの悪い、しかし昼の森でわざわざ襲ってくる輩もそうそういない為、一向は久し振りにのんびりとした行動をとれるというものだった。
「みんな、洗濯物出して!一気に洗ってしまうから」
そうティアが切り出すと、
「はいはーい!ほつれちゃった人はアニスちゃんの所持って来てー!」
アニスがソーイングセットの中の糸の量を確認しながら言う。
「あ、ノエルとアルビオールの整備してくるな」
ガイがパタパタと走っていく。
「じゃぁ今晩の薪を集めてきましょうかね。ナタリア、行きますよ」
ジェイドがナタリアを引き連れて森の中へ消える。
「えと…俺は……」
「ルークはこっちで洗濯手伝って頂戴」
ルークが最後までどうしようかと悩んでいるとティアに男性陣の洗濯物を渡される。流石に女性までの量は無かったが、その結構な量に面食らう。
「こっちよ、ルーク」
先導されて小川にたどり着くと、ティアが手袋を外して石鹸を手にとって洗濯の仕方をルークに教えてくれる。本当は板があると楽だとか、桶があると漬け置きしておけるとか言っているが当のルークにはよく分からなくて、生返事しか出来ない。
それを感じたのかティアもくどくど説明せずに「実際汚れの種類を覚えたら分かるようになるわ」と切り上げてルークの手にも石鹸を乗せる。
カゴの中から汚れのひどい者から洗っていく。大抵は泥や汗だったので簡単に落ちたがどうして付いたのか油汚れはしつこく、アルビオールの整備の手伝いをしているガイの手袋などは洗っても洗っても落ちない位だった。
ふと、ジェイドの洗濯物に手が触れる。
彼のインナーが出されていた。小川に浸す前にボタンが外れているか確認で服を広げた瞬間、ほんの一瞬だけ……。ふわりとあの良い香りがした。
「あ……」
思わず声が出てしまった。隣でもくもくと洗っていたティアがどうかした?と首をかしげて、見てくるので、なんでもないと慌てて取り繕ったが。
冷たい水で手がヒリヒリしていた。でも弱音なんて吐いていられなくて。
そこにご褒美の様な出来事。
この先、洗濯は苦痛にならないかもしれない。
そう思った昼下がりだった。
END
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