『大人の都合』
調べ物やら何やらをしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。本来街についたのなら、夜は酒場で一杯と洒落込みたいが事情が事情なだけに厳しい。
街についたら仲間とは別行動。
図書館や有力者の書庫を見せてもらって研究書などを読み漁る。参考になりそうな記事は手帳に素早く書き写して宿に帰ってからまとめる、という生活を送っていた。
今日も、そうして遅くなった。
同室の子供は既に寝入っているだろうと、足音を消して部屋に入る。
案の定、腕の中には子供を主人と慕うチーグルを抱いてうなされもせずに眠っていた。
「無防備ですねぇ」
なんだか自分が苦労しているのが馬鹿らしいと思えるような寝顔に苦笑がこぼれる。いつ死んでもおかしくない彼は、悪夢に負けないように眠らない事が多かったが今夜はぐっすり眠れているらしい。
「こんなに屈託の無い顔して…」
彼の眠るベッドに近付いて柔らかく赤い髪を撫でる。彼は気付くことなく眠り続ける。むしろジェイドの気配にミュウが寝ぼけながらも反応する。
「ミュウ〜お帰りなさいですの〜」
寝ぼけてまともに目も開いていない状態だが、ジェイドに手を振る様子は愛らしい。ジェイドは人差し指を口元に縦に添えて「しー」とやりながら小声で「只今帰りましたよ」と答えた。折角眠っている子供が目を覚ましたら元も子もない。
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その動作の意味を理解したのかどうか、にこっと笑うとミュウは「おやすみなさいですの〜」と重たいまぶたに逆らう事無く、再び眠りに落ちていく。
一人と一匹の寝息が重なる。
「ん……じぇ…ど…」
一瞬気付かれたかと顔をしかめたが、どうやらそれは寝言のようだった。彼は一度眠ると寝汚いので中々起きない。
続きで何か言わないかと彼の唇を見つめてしまう。しかし言葉はそれっきりで、規則正しい寝息が漏れるだけだった。
ため息が出てしまう。
「悪い大人にひっかかってはいけませんよ」
誰、とはあえて言わないが正直、自分以外が思い当たらない。
自分もよくこの子供に引っかかったものだ。まだこの気持ちは伝えてないけれども、気持ちを伝えた時に彼がいつまでも自分の隣で笑っていられるように……。彼を死なせるわけにはいかない。
手袋を外して、直に彼の唇を指でなぞる。形の良い唇をなぞると、背筋がゾクゾクする。この唇と自分の唇が重なったらどんなに気持ち良い事か。
よこしまな考えにそっと首を振る。
今までの自分の行動で彼が自分を好いてくれるはずがない。
死ねと言った自分に。
「どうしようも無い気持ちとはこの事ですか?」
懺悔したいのか、それとも愛したいのか。
頬をさすっていた手で彼のあごを固定すると、衝動にかられるまま口付ける。
乾燥しているが柔らかい。触れるだけ。すこし擦れるだけ。
止まらなくなる前に、さっと離れるとクロークへ向かい上着を脱ぐ。
さっさと身支度してバスルームへ入った。
だから、気付かなかった。
ルークが真っ赤な顔をして唇に手を当てていたことを。