『あなたのいない世界』
「晴れだ!」
遠くにはくっきりとした虹が見えている。
「ジェイド、行こうよ!」
眩しい笑顔でこちらに手を伸ばす彼は、空と同じで曇りない瞳をしていた。
わかりましたよ、とその手を掴もうと身体を伸ばすと、いたずらをするように手がするりと元あった場所から遠ざかる。
「ジェイド遅い〜」
はははと笑いながら彼がまた手を差し出す。
苦笑で返して、もう一度手を伸ばして語りかける。
「ルーク」
もう少しで手が届きそうな瞬間。
「ジェイド」
彼はそう言って霧散した。
びくりと体が震えて、机から身を起こした。どうやら執務中に眠ってしまったらしい。
眼鏡がずれていたので、直しながらため息をこぼす。
夢にまで見るなんて末期かもしれない。
窓の外にはグランコクマの城壁である滝が日の光りをあぶびてキラキラと眩しい照り返しが美しい。水しぶきには小さな虹がいくつもかかっていた。
彼はこれが好きだった。
「ジェイド」
声が聞こえてくるような温かい風が執務室の窓からカーテンを揺らして入ってくる。客人用のソファを通り抜けて、ジェイドの頬を撫でる。
目を閉じた。
よく仕事をしているジェイドを何が楽しいのか、面白いのか、彼はそのソファに座って仕事が終るまで見つめていた。時には紅茶も煎れて一緒に休憩も取った事もある。彼曰く、この部屋は落ち着くそうで。グランコクマに寄った際は二人で過ごす習慣がついていた。
彼がいなくなって、季節が半分巡った。
「ふふふ、今日はなんだか淋しい日ですね」
あなたのいない部屋が淋しく感じて、あなたのいない世界はとても無意味に感じて。
知らずに流れた死霊使いの涙を、温かい風が撫でる。