『初恋の覚え』
恋に落ちるとは、なんて簡単な事だったのだろうと感じた。
それまで何とも思っていなかった存在が自分の心の中にいるとは不思議で、嫌な位に邪魔であり……心地よい。
暗く冷たい牢獄の中、思うのはただ一人。
彼はまだ血で血を洗う行為を嫌がっているのだろうか。
優しいと言えば聞こえが良いがタダの逃げ根性ともいえる。
そんな彼を愛してしまった。
「っあーかったるい」
遠くで声がする。
例え地球の反対側にいようとも、乗り移れる対象さえいれば意識を向けるだけで会いに行ける。
悔しいのは本来の自分の身体では無い事。
身体特徴も何もかも実現する幻想だが、本当の自分の手の平で感じた彼はあまりに愛しい。
『また、居眠りですか?』
心の中で語りかけた。
びっくりした彼は机に突っ伏していた顔を勢いよく上げるとキョロキョロ見回す。
「い、いま、骸の声がっ!」
『こっちですよ』
明後日の方向を見つめる彼が可愛い。
「いっ……骸!なんで!?ここ学校なのに!」
慌てた彼は最初の一言がやたら大きく、やがて声をひそめて、目的物……小鳥を見つけた。
『クフフ、あなたに会いたくなりまして』
「!」
愛しいあなたに直接触れなくとも、あなたの傍にいたい。
彼は一瞬にしてゆでダコのように真っ赤になり、そして子どものように口を尖らせて目を反らした。
「そんなの、骸だけじゃない」
『!』
今度はこちらが目を剥く番だった。
言葉の裏にある想いを感じたのは勝手なんかじゃない。これは、自分と彼の確信だ。
愛しい彼に、触れたい。
一目会えれば良いと思っていたのに、歪んだ心はどこまでも彼を求めた。
『抜け出しませんか?あなたと一緒に時間を過ごしたい』
「だから学校だってば」
『先ほどから生欠伸を繰り返していた人間とは思えませんね』
見てたのかよと罰の悪そうな彼。
駅前にいますねと窓際を飛び立つ。
「あ、骸!」
背後に声を聞きながら、空を飛ぶ。
この鳥の体をどこかに止まらせてから次の相手に憑依しないと、この鳥は突然の事態に墜落死してしまう。
以前だったら、当たり前のようにやっていた事なのに、何故だろう、今はいけない事だと自分を自分で笑ってしまう。
あの突き抜ける青空の下、息を切らせた彼が駆けつけるまで、しばしの休息を取ろう。
鳥の身体を手短な木に宿らせて、骸は意識を戻した。
「……」
口から言葉は発せられない。
酸素を自動的に送るチューブが舌を拘束している。カビ臭い酸素が現実に戻らせた。
目を開ける。
果てしない暗闇の中、ここは水中だと伝える視界は揺れるチューブから時折漏れる空気の泡が昇る。
冷たく冷えた水は肌を刺すようだが、その肌を温める手段は奪われている。
再び瞳を閉じた。
意識を遥か遠く、彼の待ち合わせの場所に行かなくてはと、クロームを探した。
END