『こんな日は』

探さないで下さい。
響也




「あんの馬鹿検事がぁぁぁ」

茜の怒鳴り声は検事局でお馴染みとなりつつあるのは秘密だ。

「あ、もしもし?牙琉検事はそちらに……あ、はい。はい。そうですか。ありがとうございます」

牙琉検事のオフィスの内線で電話帳を上から下までかけてくるのも慣れつつあった。

「どこに行ったのよ!」

そう言いつつも、分かっている。
あそこしかない。
否、あそこの人達に聞けば確実に足取りが掴める。
茜は上着を整え直すと足早にその場所へと向かった。




「ねぇねぇ法介」
「はい?」
「今日は何日か知ってる?」
「3月14日ですね」

黙々とデスクワークをこなす法介を寂しく見つめながら響也はみぬきに出されたコーヒーを一口含んだ。
寂しい。
法介は響也を見ず、手元の書類をさばく事に集中している。

「ねぇ法介」
「あと1時間もあれば終わるんで静かにするか、帰って下さい」

それでもしつこく食い下がると法介の怒りの声が飛んできた。
神様、こんな素敵な日にどうして彼はこんなに冷たいのでしょう。
せっかくガリューウエーブの活動もオフにし、検事局も抜け出してきたのに、これではあんまりだ。

「ねぇってば、こっち向いて」

背後に忍び寄り、ペンが切りのよい所まで来た所で、その手を抑える。
低い声で少し機嫌の悪い声を出すと、初めこそビクリと肩を震わせた法介だったが、ため息をついてペンから手を離し、響也の方を向いた。
そして。

「もう少し、待ってて下さい」

軽く唇が重なった。
軽い触れるだけのキス。
なのに、こんなにも嬉しい。

「法介っ」
「んんっ……」

その触れるだけで離れていった唇を追いかけ軽くついばむと、唇は薄く開かれる。
そこに響也は優しく舌を差し込み法介の舌を絡め取る。
ぴちゃり、くちゃ……と唾液の溢れ、こすれる音がする。
飲みきれない唾液は法介の頬を濡らし呼吸までも乱した。

「はぅ、んっ……きょうやっん」

そうして恋人の甘い時間の始まりかけに。
ガタン!と扉が勢いよく空いた。

「ここに牙琉検事いませんか!?」

そこには鬼の形相をした茜。
キスにより高揚していた気分も、甘い雰囲気も全て流れた。

「宝月刑事。ちゃんとノックしないと」
「やっと見つけた!さぁ仕事ですよ!」

突然の事態に口をパクパクさせている法介に代わり響也が茜に注意するものの途中で遮られてしまった。
相変わらずパンチのある女性だ。
茜はカツカツとブーツを踏み鳴らすと法介にくっついていた響也をベリベリとはがし引っ張った。

「ちょ、僕は法介とホワイトデーを」
「仕事終わってからにして下さい!」

ズルズルズル……。
引きずられながら響也は検事局に帰る事になったのだった。
これもいつもの情景なのだが。

「今日は俺から検事の所に行こうかな」

ホワイトデーだし。
決して3月14日を忘れていた訳では無い法介は、茜に連れて行かれた響也の後を追いかけようと机の上を整理して上着をはおったのだった。
それは、いつもの日常の中の小さなイベント。
一ヶ月前の有難うに、有難うを。

END