『仕事する人』

検事局のとある執務室。
あーうーおー。
机に伏せながら謎のうめき声を上げている男が一人いた。
壁のガラスケースにズラリと並んだギターはそんな男の声に合わせて音色を奏でる訳でも無く、ただ静かな空間に聞くも無惨な意味の分からない声が響くだけである。

「もぉぉぉ。法介に会いたいよぉぉぉ」

恨めしい目で、執務室の扉を見ると、そこには茜によって鎖でグルグルと拘束されているドアノブが見えるかのようだった。
そう、外側から厳重に鍵がかかっているのだ。
仕事をしろと、化学狂いの女がご丁寧に書類をドッサリと持って来たのだった。
よりによってノルマの仕事が片付いて、法介に会いに行こうと上着を羽織り車の鍵を手に取った瞬間に。
ガチャリと開いた扉の先にいた女性をこれほどまでに憎んだ事は無かった。
おのれ宝月茜。
姉が元・敏腕検事局長だからといって生意気な。
しかしいくら扉を睨んでも叩いても開かれる気配は無く……。
このままトイレに行きたくなって膀胱炎になったら請求書を突き付けてやる!胸に熱く誓うと、目の前の書類に目を向けた。
その瞬間。
『異議ありっ!』
聞き慣れた音声が聞こえた。

「……法介!」

携帯電話を取り出し、メールを確認すると、そこには愛しい王泥喜法介の文字。
状況が状況だけに感涙する。
にへらーと目を通そうとしていた書類を放置して響也はメールを読んだ。

件名:Re:
本文:今、近くにいるので、顔見に行ってもいいですか?

たった一文がこんなに嬉しいなんて、と思う。
例え鎖でグルグルになった扉を前にしても、きっと法介相手なら茜も扉を開けてくれるに違いない!
都合の良い方向に考えてすぐに、大丈夫だよ!と返信する。
頬が緩む。
少ししたら法介がくると思うと、途端にソワソワするもので仕事なんて手を付けていられない。
床にまでばらまいていた書類を拾い集めて机の上も整理して書類は一ヶ所にまとめる。
法介が座るように椅子もちゃんと用意をして……あぁ僕ってば!恋に酔う男は、隠せない喜びに舞い上がっていた。
本当に舞い上がっていた。
次の瞬間に内線が鳴る。
これはフロントから法介が来た連絡に違いない!とガチャリと受話器を上げた。

「もしもし。牙琉だけど、お客様ならそのまま通して構わな……」
『仕事は片付きました?検事』

受話器の向こうからは化学に魅入られた、カリントウの香りを漂わせる女・宝月茜。
響也は一瞬にして固まった。
もしや、これは茜によって検事局自体が網羅されているのでは無いだろうか。
刑事局の仕事はどうした。
何が、何が悪いのだ。
自分は何をしたというのだ。

「あぁ、君か。うん。まぁ進んでいるよ。何枚か判子も押したし……」
『それ、全部目を通して処理するまでは王泥喜君を預かるんで、頑張って下さいね。その書類を刑事局に持ち帰るのが今日の私のラストの仕事なんで』

早急に!茜が言い切ると、ガチャリと受話器を置く音まで同時なのは彼女の特技だろう。
しかし響也の頭の中は既にパンク寸前で。
法介、法介、どうして僕の所に来ないの?
それはね、検事。カリントウが悪いんだよ。
カリントウ?カリントウのせいなのかい?
カリントウの女神が邪魔をしてからなんだ。
そうか、カリントウさえなければ……。
『異議あり!』
ぶつくさと呟く響也の手元の携帯から、また愛しい人の声がした。
のろのろと視線を向けると、法介からの、メール受信。

件名:Re:Re:
本文:茜さんに捕まりました。検事が仕事終わるまで、話し相手になって欲しいと頼まれたので、待ってますね。
折角待つんで、帰りに何か美味しいもの奢って下さい。
ってか奢れ。

ああああ!
頭の中で鐘が響き渡る。
待っていてくれる挙句に法介から食事の誘いなんて嬉しすぎて目頭が熱くなる。
響也は部屋の隅に寄せた仕事の山を見つめる。
目分量で時間を計り、すぐさまにとりかかる。
メールを返したいが、そんな時間があったら仕事を終わらせろと法介の罵声が飛びそうだ。
まして暇で来たのか、そうでないのかが分からない。暇で資料を取りに検事局に来たなら兎も角、法廷手続きなどだったら時間も無いだろう。だけど。
食事の誘い。
茜の話し相手になる時間がある。
つまり今日は暇って事で。
神様ありがとう、今日は法介をお持ち帰りします。






「……」
「サクサクサク」
「あのー」
「サクサクサク…ずずっ」
「……」
「サクサクサクずずっあ、そうそうサクサクサク」
「……」
「ずずーっ。成歩堂さんなんだけどさサクサクサク」
「……」
「サクサクサク最近ずずーサクサクサクどう?」
「喋るかカリントウ食べるかお茶飲むか、どれか一つにして下さい!」

茜の相手も大変だった。
急いで仕事を終らせた響也は、疲弊しきった法介を見て、会いたくて疲れきったんだね!と誤解して、殴られたとか。

END