『告白』

あんまり逃げると噛み千切るよ。
半ば脅しの様に言われては逃げられなくて、法介は壁に手を当てて大人しく立っていた。
息が乱れて、肩が上下する。
それは相手も同じらしく背後から耳元に荒い呼吸が聞こえてきている。
背中には相手の厚い体がピッタリとくっついていて、法介を壁と体でサンドイッチにしていた。
逃げたい。

「ホースケ」

呼吸が整いかけているのか、相手が呼びかけてきた。
しかし答えたくない。
口をつぐんで、ただ壁を見つめる。

「ホースケ」

二度目には優しく、強制しない声。
どこまでも気遣ってくれるのはずっと前から分かっていた事だった。
ほら、自分を囲っている彼の雰囲気は決して咎めるようなものじゃなくて、ただ声を聞きたがっているだけじゃないか。
それでも、声は出したくない。
今、声を出したら、きっと裏返って格好悪い。

「……急に告白して、悪かったよ。でも嘘はつきたくなかったんだ」

声が背中に刺さるようだった。

「君が僕に『俺達の関係って何なんでしょうね』って聞いてきた時、僕は君を抱きしめたかった」

背中から伝わる鼓動が痛い。
いつも落ち着いていて、滅多に取り乱さない彼の心臓の音はいつもよりも少し早い。
それに釣られてか、法介自身の心臓もバクバクと音を立てている。
この分では伝わっているだろう。
彼の心臓の音が自分に伝わっているように、自分の心臓の音も彼に筒抜けなのだろう。

「でもきっと君は意味を理解出来ないと思った。だから僕は言葉で君を抱きしめた」

彼の腕が、自分の体を優しく包んだ。
きゅっと体が密着して、より体温が伝わってくる。
早いのがどちらの鼓動なんて、分からない。
指先がカッと熱くなって、血の流れを感じた。

「お願い、法介。好きだって、言ってくれなくていい」

ただ、側にいさせて。
かすかな吐息だけで呟くと、響也は法介の方に顔を埋めた。
あぁ、どうしてこの人は自分勝手なんだろう。こっちの気も知らないで。

「……検事」

垂れ下がっていた手を持ち上げて、響也の手と重ねた。
響也の手がピクンっと動いたが、緊張しているのか冷たい響也の指先を、幾分温かい法介の手が包み込んだ。

「その。ただ、俺が知りたかっただけなんです。検事の気持ち」

お互いに顔が見えない状態で良かった。
これからするのは世紀の大告白。
響也がゆっくりと顔を上げる気配がしたが、法介は壁を向いたまま、響也の方は見ようとしない。

「法介?」
「検事が、いつも何かにつけて俺に構ってくれて、嫌味も多いけど、その……優しい瞳してて。俺が何かをしようとすると必ず助けてくれて」

腕輪がキュッと締まる。
響也が緊張しているらしい。

「俺の自意識過剰だったら仕方ないなって思って。だから聞いたんです。直接」

胸から心臓が飛び出そうだ。
響也は何も言わずに法介の話が終わるのを待っているらしい。
腕輪がギリギリと絞め上げてきた。

「だから、自分の都合の良い言葉が返ってきたのかと思って逃げてしまったんです」

法介は首だけで響也の方に振り返った。途端に信じられないような顔をしている響也が目に入った。

「俺も、好きです。響也さん」

END